第255話 『模擬戦 鬼人』⑤
「すごいですね……」
だがルクレツィアにしてみれば全竜たちと同じ『怪物』にしか思えないフレデリカは、先刻のソルと同じように本気で感心している。
まったく効いていない攻撃になにを感心することがあるのかと思いもするが、別にフレデリカはルクレツィアに対してお世辞やフォローを入れているつもりなどない。
もとより必要な知識として、フレデリカは人が神様から与えられる『能力』――スキルについてはかなり真剣に勉強していた。
エメリア王家が血統継承によって『絶対障壁』という唯一魔法を持っていること、それを自分が継承できなかったこともその熱意の源泉となったことも確かだろう。
ソルの『プレイヤー』によって自らが疑似能力者となってからは、『聖教会』が秘蔵していた資料も含めてより一層真剣に知識を深めていたのである。
そのなかでも最もわかりやすい神の奇跡といってもいい『魔法』の類に注力するのは、いわば当然の帰結といえる。
対能力者ももちろんだが、それ以上に魔力を源とする魔法や武技に似通った力を行使する人の敵――魔物に『格闘士』として抗するためにも、それらの知識は必要だったのだ。
その知識の中にはかなりの誘導性を持ったものや、広範囲に作用するいわば「大魔法」と呼ぶべきものも多数存在していた。
加えて『全竜』や『妖精王』、『神獣』と共にいることによって、フレデリカが必死で身に付けた知識や記録などにはない、超級としか表現のしようがない魔法すら多数存在することも今では理解している。
それこそルーナが好んで使う対大物用の『竜砲』や、対複数敵一掃用の『多重追跡閃光』などはその最たるものである。
だがそんな中にも今ルクレツィアが使って見せた『百火繚乱』に似通ったものは存在していなかった。
攻撃力としてはフレデリカのH.Pをごくわずかに削れただけとはいえ、一桁と三桁のレベル差があってなお不可避の攻撃という部分は充分瞠目に値する。
ソルのように普通の能力者たちとは違い、ルクレツィアやファルラが「システムとして構築されたスキル」を行使しているのではないことなど理解できないフレデリカであっても、その本質的な凄さを理解することは出来るのだ。
「だよね。今のフレデリカでも躱せないという一点だけでも相当凄い。同系統の技かつ攻撃力が僕たちのH.Pを消し飛ばせるほどのものもあると想定すれば、なんらかの無効化、ないしは躱す方法も考えないとだね」
「……仰るとおりですね」
直撃を喰らったフレデリカは、表層的な態度以上に結構心胆を寒からしめられている。
ソルに与えてもらっているH.Pがなにごともなかったかのようにフレデリカを無傷に保ってくれてはいるが、自らが躱せたわけでも、無効化できたわけでもないからだ。
文字通り桁違いのレベル差があってなお、H.Pを与えられていなければ番狂わせが起こり得る魔力を用いての戦闘というものに、改めて戦慄を覚えたのである。
一方、ルクレツィアとしてはそのソルとフレデリカの会話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろしている。
銀虎族の『完全獣化』に続いて、まったく通用しなかった鬼人族の『陰陽術式』ではあるが、絶対者とその仲間たちの目には価値あるものと映ったのであれば、なにも問題はない。
「ルクレツィアさん、今のが最強の『陰陽術式』でいいのかな?」
内在魔力のほぼすべてをつぎ込んだ、自身が持つ最大の攻撃力を持った技。
それを当ててなお平気な相手を前にもはやするべきこともやれることもなく棒立ちになっていたルクレツィアに、ソルが興味津々に問いかける。
「あ、はい。私が身に付けている火系としては最大の攻撃力を持つ術式である事は確かです。攻防一体の『陰の終式』は、攻撃力としては『陽の終式』には及びません」
「やっぱり陰の方もあるんだ」
「ございます。ですが申し訳ありません、たった今『陽の終式』を使ってしまいましたので、私の魔力が回復するまで『陰の終式』をお見せすることが叶いません」
そしてルクレツィアの答えを聞いて一層その表情を輝かせるソルに対して、それをすぐさま見せることができないことを詫びた。
確かに申し訳なさもあるし、ファルラのオチに自分も被せるのであれば陰の終式である『焔躰廻遷』の方がよかったのかもしれないと思わなくもない。
だがソルとても『全竜』、『妖精王』、『神獣』という怪物――究極といっても過言ではない魔導生物――たちを配下に擁している上、ただの人ですら大能力者にしてしまえるほどの力を持っているのだ。
魔法戦闘の専門家としては自分とは比べ物にならないほどの知識を有しているだろうし、内在魔力の枯渇という神ならぬ身にはどうしようもない理由であるからには、そこを咎められることはないだろうとルクレツィアは判断していた。
「えーっと、それは内在魔力さえ回復していたら、ルクレツィアさんには負担はない?」
「え? あ、はい、それはございませんが……」
だがソルが妙なことを言いだした。




