第248話 『模擬戦 銀虎』⑧
『思考加速』
『身体強化』
『感覚鋭敏化』
『不可視化』
『魔力糸展開』
その他エトセトラ、エトセトラ。
ソルから与えられている強化・支援役及び弱体・行動阻害役としての魔法、武技、スキルのほぼすべてを発動させ、眼前の巨大な銀虎がどのような戦闘機動をしても対処可能なように、腰を落として万全の構えを取っている。
中でもエリザ専用の『固有№武装』を展開させた場合でも主武装となる『魔力糸』は、地中も含めてエリザを中心とした360度全域、それもファルラの戦闘機動可能領域を完全に内包する規模で展開されている。
エリザ単体での『魔力糸』展開は当然『固有№武装』によって強化されるものよりは劣るとはいえ、レベル一桁に過ぎない獣人種の『完全獣化』程度であれば、そのあらゆる動きを察知し、必要とあれば行動不能のみならず切り刻んで殺すことまで可能な強度を誇っている。
つまりエリザを自力で上回れない存在にとって、すでにこの高台全域は死地と化したのだ。
そのど真ん中で、ファルラの『完全獣化』が完了する。
天に向かって高い吠声をひしりあげ、雷光と膨大な風を纏って四足で立つ。
ここから第二形態などとは比べ物にならない高速戦闘機動と、風と雷による不可視の瞬撃が放たれることを警戒して、エリザの戦闘意識もトップギアへ叩き込まれる。
その次の瞬間。
「ゴロゴロゴロゴロ……」
銀の獣――完全獣化によって巨大な銀虎と化した獣人種の代表は、その獣としての本能と、ファルラとしての意思はほとんど失いながらも残された人としての知恵と知識に従って、最も賢明な行動を選択した。
つまりは全面降伏である。
その場から一歩も動かず、地に伏して肚を見せ、その屈強な姿からは俄かに想像しがたい甘い鳴き声を出しながらくねくねしている。
その気になられた瞬間、血煙になるくらい細かく切り刻まれる絶対死の結界の中で動くことなど、エリザの側へ寄るのであれ、距離を取って逃げようとするのであれ恐ろしくてできるはずもない。
その巨躯には似つかわしくないあたかも子猫のような仕草と鳴き声によって、己の生存確率を僅かでも上げんとして、その場で愛嬌を振り撒くことしかできなくなくなっているのだ。
実際、わりと可愛らしい。
「えっと……あの…………私は、ど、どうすれば……」
「……撫でてあげたら?」
さすがに茫然とせざるを得ないエリザの気持ちもわかるが、そう問われたところでソルとてもそれ以外に返答しようもない。
「……はい」
ソルの言葉に逆らうことなどエリザにできるはずもないので、そうするべくファルラが『完全獣化』した銀虎へと距離を詰める。
その一歩目にこそ身を強張らせることによってわかりやすく怯えを表現したファルラだが、エリザに敵意がないことを理解して甘えた仕草を続行している。
少し嬉しそうにお腹を撫でるエリザに殺されることはないと理解したものか、気持ちよさそうにごろんごろんその巨躯を転がせ、控えめにその舌でエリザの頬を舐めたりしている。
それは現在ファルラが『完全獣化』を維持できる上限時間らしい5分程度続き、唐突に終了した。
「や、やだ、ちょっと離してください。というかファルラさん、服を……」
「にゃああぁん」
あとに残された光景は、14、15歳前後の美少女が、全裸の長身豊満系獣人種の美女にじゃれつかれているという、本来夏の早朝に野外で繰り広げられるものでも、繰り広げていいものでもないものとあいなった。
『完全獣化』の終了から、ファルラとしての意識が覚醒するまでに僅かとはいえタイムラグが存在したことがその悲劇、あるいは喜劇――いや男性陣にとっては御褒美とも言える光景が展開されることになった原因である。




