第245話 『模擬戦 銀虎』⑤
だがファルラとしては当たりそうになれば止めようと思っていた獣化第二形態での直接攻撃を、まさかエリザの細腕ですべて弾かれるとは夢にも思っていなかったのだ。
外在魔力を纏わせた爪や牙による攻撃は、そのすべてが『武技』のようなものと化す。
それを躱すのではなく、エリザ自身の細腕のみで防ぎきられたのである。
しかもエリザは別段、魔法や武技を発動させているようには見えない。
吹き上がる魔導光を纏っているとはいえ、単なる素手による、反射神経に頼った単純な防御行動に過ぎないことは間違いない。
もしもファルラが今の自分の攻撃に対してそんなことをすればどうなるかといえば、間違いなく受けた腕が切り飛ばされる。
生身の腕で剣撃を受けることと同義である以上、それも当然でしかない。
剣を剣で受けるかのごとく、同じ技、あるいは別の武技を発動させた上であれば、理論上は受けることも可能ではあるだろう。
それとても相手の地力を上回っていなければ、そのわずかな差は受けた側の肉体を切り裂くのには充分な攻撃力を発生させるのだ。
この世界において魔力を行使できる存在の大部分は、攻撃力過多の防御力不足。
魔力を攻撃力に変換することは得意だが、防御力として運用することを特に獣人種は苦手としているのだ。
つまりは先に攻撃を当てた方の勝ちというのが、魔力を使用した戦いにおける大前提というわけだ。
だからこそ遠隔攻撃であることが大前提であり、誘導効果を伴うものも多い「魔法」こそが、「武技」よりも上位と見做されるのも当然の帰結といえる。
攻撃力偏重は亜人種とて基本は同じであり、だからこそ魔力を防御力として行使することに特化した妖精族こそが、亜人種の中では頂点と見做されるゆえんでもある。
いくら相手よりも強大な攻撃力を持っていたとしても、それをすべて防ぎきることができる相手からの攻撃を防ぐことが出来なければ、戦闘において最終的には間違いなく敗北を喫することになる。
相手はこちらの攻撃を受けてその隙に反撃すればいいだけだが、こちらはすべて躱す必要があり、一発でも喰らえばそこで勝負はついてしまうのだからお話にもならないのは自明なのである。
「亜人種と獣人種って、本当に戦闘特化種族なんだね……」
獣化第二形態になったことによって飛躍的に向上しているファルラの聴力は、お世辞や嫌味ではなく、本気で感心しているらしいソルの呟きを正確に捉えている。
第一形態時に続いてまるで通用せず、苦も無く防ぎきられた攻撃のなににそこまで感心しているのやら、ファルラには本当に理解できない。
だがソルの目には、エリザの膨大なH.Pがごくわずかとはいえ減少している事実が表示枠によって映されているのだ。
一桁に過ぎないレベルであるファルラの攻撃が、三桁に至っているエリザのH.Pを一撃で決して少なくない数値を削っている。
そこらの魔物支配領域をうろついている中型、小型魔物程度では、もはやそんなことは不可能なのだ。
レベル三桁にまで至ったプレイヤーの仲間は、領域主や階層主といったボス系を除けば、どんな攻撃であってもそのH.Pを1ずつしか削られない事実を知っているソルにしてみれば、ファルラの攻撃力は充分瞠目に値する。
だがファルラはもうたとえソルの声を聴覚が捉えたとしても、その感心の理由に想いを馳せている余裕をなくしている。
獣化第二形態になったことで強化されたのは身体面だけではなく、当然魔力を攻撃として行使する能力もまた飛躍的に向上している。
それに伴い単純に魔力をぶつけるような低レベルの技ではなく、魔力によって大気を歪ませ不可視の風の刃と成して敵を刻む、銀虎族の種族固有能力とも言える「風遣い」としての攻撃を行使しているからだ。
寸止めも可能という理由でまずは肉弾戦に望んだファルラだが、それを歯牙にもかけられなかったとなれば奥の手を出すしかない。
それにエリザはここまでの強者なのだ、万一直撃してしまったとしても怪我程度で済むはずだと判断した。
すぐ傍には「癒しの聖女」として名高いジュリアもいることだし、そんな程度の怪我であればすぐに治してしまえるのは間違いないだろうと。
その『風遣い』としての攻撃に対して、エリザはまるで対応できていない。
全竜によるパワー・レベリングによってレベルが三桁に至り、その上『プレイヤー』によって上限値までのステータス・ブーストと膨大量の各種スキルを付与されたことにより、エリザが今のファルラとは隔絶した戦闘能力を身に付けているのは確かだ。
だがそれによってどれだけ強力な身体を手に入れていたとしても、まだ能力を使っての戦闘経験が半年にも満たないエリザでは、その真価を発揮することなどできるはずもない。
よってファルラの『風遣い』による不可視の攻撃を躱すことなどとても不可能であり、そのすべての直撃を受けているのだ。
「やっ! あっ! わぁん!」
高速機動で躱されないように360度を包囲した風の攻撃を喰らう度に、エリザはその衝撃で弾き飛ばされ、まさに風にまかれた木の葉の如く翻弄されている。
だがただそれだけで、翻弄された子供が目を回している程度となにも変わらない。
以前ファルラが同じ技を中型の魔物に行使した時は、自分でやっておきながら目を背けたくなるような惨状――ずたずたに引き裂かれた肉塊――になった技であるにもかかわらずだ。




