第240話 『転移門起動』⑧
「……どうして?」
絶句するしかないファルラに対して、ルクレツィアもかける言葉が見つからない。
真の力を取り戻しているとかいないとか、そんな程度の事実など『全竜』の相手をするとなれば、人間を相手に戦う一匹の働き蟻か兵隊蟻かの差程度でしかない。
口をパクパクさせてなにも言えなくなっているファルラの代わりに、絶対者が口にしてくれた言葉が即時承認ではなく、疑問の言葉であったことがせめてもの救いか。
だが否定ではなく疑問であるということは、全竜が答えるその理由如何によって全竜vs銀虎が決定してしまうということでもある。
「虎系の魔物や魔獣は一通り過去に屠ったことがありますが、主殿の配下に虎の眷属が加わるとなれば、竜とどちらが上かはっきりさせておかねばなりますまい」
「なりますまいじゃないよ。却下」
だがふんすとばかりに胸を張って言い放った全竜の口にした理由に対して、ソルはわりと本気の呆れ顔である。
ルクレツィアなどは「あー、なるほどー」と思ったし、当のファルラなどは「竜虎相搏」だの「竜虎之姿」など、なにかと竜と並べて比べられている虎の立場に思い当たって「あわわわ」となってしまっている。
確かに同じ主を仰ぐことになる『竜』と『虎』が共にいるのであれば、優劣をはっきりさせたがると言うのは理解できなくもないのだ。
ソルが「なるほどそういう事か」と言っていたとしても、異を唱えることは難しかっただろう。
だが即座に否定してくれてことで、すでにファルラのソルを見るその目は命の恩人に対するそれになっている。
「し、しかし主殿」
常であればソルの言葉には「はい」「はーい」「はあい」のどれかしかないルーナが、珍しく食い下がった。
竜として思うところがあったとしても、主の命令には従うことこそが従僕としての在り方だと定めているルーナにとっては本当に珍しいことらしく、ソルよりも周囲の女性陣たちのほうが、ルーナの口答えとも言えない程度の食い下がりに対してびっくりしてしまっている。
「ルーナ」
「はい」
だが静かな口調でソルがルーナの名を呼んだだけで、完全にルーナは引き下がった。
しかも勢いで食い下がってしまったことを後悔しているらしく、あからさまにしゅんとしてしまってさえいる。
固唾を呑んで見守ることしかできない自分たちの前で繰り広げられたソルとルーナのそのやり取りをみたルクレツィアとファルラは、それだけでソルがどれだけとんでもない存在なのかを充分に理解できた。
魔導生物である鬼人や銀虎の目には、ただそこにいるだけで『全竜』や『妖精王』がどれだけ凄まじい存在なのかを理解できてしまうのだ。
息をするように吸収している外在魔力や、常に生成されている内在魔力の量が、もはや桁違いというにもバカバカしいほどなのである。
そんな存在がたった一言でしゅんとなり、それを周囲の人間たちが当然としているどころか、全竜を慰めてさえいるのだ。
それはこれ以上ないくらい、全竜に対する主が絶対なのかをそれを見た者にわからせる。
わからない者、分かりたくない者は遠からずこの世から退場させられることになるのだろう。
「というわけでまずはエリザvsファルラさん、次いでフレデリカvsルクレツィアさん、でお願いします。ルクレツィアさんとファルラさんの武装は制限なし。フレデリカとエリザは『固有№武装』の使用は禁止ね」
だからこそ、普通であれば間違いなくいくつかはしたであろう質問をすべて吞み込んで、ルクレツィアもファルラもソルのその指示に全面的に従う。
見たところ普通の人間でしかないフレデリカやエリザが相手であろうが、自分のできることをすべてやってのける所存である。
少なくともルクレツィアは、もはや「模擬戦」になるとすら思ってはいない。
自分たちはあらゆる武装を許されながら、どんなものかは知らないとはいえフレデリカとエリザはおそらくは最強の武装を使うことを禁じられているのだ。
つまり彼女たちはソルの情婦だというだけではなく、どうやってかは不明とはいえその実力、戦闘能力においても自分たちに対して圧倒的な強者であることは間違いない。
だからこそルクレツィアは、自分の順番が後に回されたことに幸運を感じている。
なんとなればファルラとエリザの「模擬戦」を見ることによって、ある程度の心構えができると判断したからだ。
そのファルラも頭はいいのだろう。
ソルたちのやり取りから、自分の相手が怪我をさせる心配のない強者だと理解して、素直にやる気になっている。
となればルクレツィアとて獣人族の強者として有名な銀虎族の戦い、しかもその実在が疑われてさえいる『完全獣化』を見られるとなれば虚心ではいられない。
身びいきではあるまいが、「ファルラさんがんばれ」と思いつつ、注視してしまう事は仕方がないだろう。
まあソルの方が、それを数倍してかぶりつきな様子ではあるのだが。




