第233話 『転移門起動』①
ソルの意を受けて『全竜』と『妖精王』が大陸中に張り巡らされている『竜脈』と、それに同期している『世界樹』の制御を開始する。
膨大な魔力が注ぎ込まれたことによって、即座に『転移門』が起動。
巨大な立体積層魔法陣が立ち上がり、その中央に浮かんでいた世界樹の枝が雷光の如き魔導光を迸らせた後に爆縮し、すべての光を吸収する暗黒洞を形成する。
魔力の源泉たる『竜脈』は、復活した『世界樹』の根だとも言える。
それを利用して魔法として制御可能な『転移』の限界距離を無視、大陸中のあらゆる『竜穴』へと瞬時に移動する『転移門』は、全竜と妖精王の双方が揃っていなければとても御しきれるシステムではないのだ。
「『此方』起動完了。ガルレージュにおいて『彼方』の同時起動も確認。『転移』対象者は事前申請と乖離なし、本人確認も完了済。転移を開始してもかまわんか?」
起動と同時に立ち上がった複数の表示枠を、あたかもソルの『プレイヤー』の如く操作しながら、ガウェインが最終決定権者の最終許可を確認する。
立体積層魔法陣と世界樹の枝が成立させている中央の暗黒洞をはさんで対極に浮遊している『全竜』の分身体と『妖精王』は膨大な魔導光を噴き上げており、その光景は神秘的といってもまるで大げさではないものだ。
すでに何度もその目で見ているどころか幾度も体験していてさえ、ここからは遠く離れたガルレージュ城塞都市から、ここ東海岸のティア・サンジェルク島まで瞬時で人や物を移動させうる手段が成立していることを、いまだに信じがたいリィンたちである。
それでも『勇者救世譚』の登場人物である『全竜』ルーンヴェムト・ナクトフェリアと『妖精王』アイナノア・ラ・アヴァリルが制御している今の光景を目の当たりにすれば、まあ魔力でできることはなんでもできるのだろうと無理やりにでも納得するしかない。
人は――ソルたちはすでに、条件があるとはいえ生きとし生ける者にとって「絶対のお終い」であったはずの「死」をすらも克服しているのだから。
「お願いします」
だがリィンやフレデリカどころか、張本人であるソルですらそんな感覚なのだ。
今ソルの承認の言葉と同時に消滅した暗黒洞の代わりに瞬時でこの場に転移された、亜人種と獣人種の代表たちの驚愕は筆舌に尽くしがたいものだというのは想像に難くない。
そういう「常識が通用しない奇跡」の類だといくら事前に聞かされてはいても、実際に我が身でそれを体験すると意識と本能が乖離してしまうのだ。
間違いなくガルレージュ城塞都市からここティア・サンジェルク島までまさに一瞬で移動したことを意識が理解すればするほど、移動に伴うはずのあらゆる感覚を得ていない身体とのズレが顕在化するのである。
「あれ? 2人だけ?」
だがその『転移門』によってこの場へ顕れた代表者たちを目にしたソルが、あからさまに怪訝そうな声を出している。
事前に詳細を確認しておかなかったソルが悪いとも言えるのだろうが、なんとなくソルは全氏族とはいかぬまでも、それなりに多くの代表者たちが送り込まれてくることを想定していたらしい。
それがたった2人となれば、確かに疑問もわくだろう。
それはつまり、氏族ごとなどではなく亜人種と獣人種が、それぞれたった1人ずつの代表を選出したということになるのだから。
「はい。今回、亜人種と獣人種の代表として申請され、ここへ転移されて来る予定でしたのはこのお2人のみで間違いございません」
一方フレデリカは当然事前にその情報を把握しているので、ソルの疑問に遅滞なくこの状況に間違いがないことを答えている。
しかもソルの意外そうな様子に同調することもなく、至極当然のこととして受け止めているようにしかソルには見えない。
その上ソルとしては重ねて意外なことに、フレデリカのみならずエリザやスティーヴ、ガウェインたちも「ソルは一体なにを言うとるんだ?」という空気を醸し出しているのだ。
それどころか同じロス村の幼馴染組である、リィンやジュリアですらもそれは変わらず、ソルのみが「あれ?」という表情を浮かべているありさまなのである。
ちなみに『魔人種』についてはすでに『竜殺し』クリード・インヴィワースを代表として完全に組織化され、ソル直属の組織として活動を開始している。
今回の『魔大陸』の攻略には彼ら魔人種の主である『魔王』が関わることがほぼ確実視されているので、攻略への参加を見送っているに過ぎない。




