第231話 『休暇の終わり』④
だからこそ、『全竜』と『妖精王』、『神獣』をすでに従僕とし、その気になれば人も亜人種も獣人族も関係なく踏みつぶせるソルに従わないなどということはあり得ない。
少なくともこれまでよりはずっといい暮らしが約束されているのに、わざわざ絶対者に背いてそれをふいにする必要などないのだから。
「ソル様は本当にここを、亜人種と獣人種たちに提供されるのですか?」
「僕たちの別荘は維持してもらうつもりだけどね。まあ最終的には……」
フレデリカが最終確認したとおり、ソルはこのティア・サンジェルク島を当面の亜人種、獣人種たちの拠点とするつもりである。
エメリア王国のみならず汎人類連盟に属する全国家、加えて『聖教会』が把握していた亜人種と獣人種たちの隠れ里や現存数からすれば、そのすべてをこの島へ迎え入れても数世代は充分に持つだけの広さをこの島は持っている。
当然本土からの支援は必要となるが、そのために必須となる物流経路は『転移門』を設置したことによって既に解決できている。
世界がもっと根底から変わりきるまでは、ここに隔離した方が人にとっても、亜人種や獣人種たちにとってもいいだろうという判断である。
だがあくまでもそれは一時避難的な意味である。
ソルは『プレイヤー』としての能力を全力でぶん回しだした直後、フレデリカと想定していた自分たちの『本拠地』の在り方をすでにその根底から変えており、最終的には亜人種や獣人種はすべてその本拠地へ受け入れるつもりなのだ。
「本気で『魔大陸』を手に入れるつもりだってんだから、ソル様はとんでもねえわ」
「でもそうできれば理想的じゃないですか? フレデリカたちと進めていた拠点構築をいったん白紙に戻すだけの魅力は、充分にあると思いますけど」
つまりソルは『魔大陸』を手に入れ、そこを自分たちの『本拠地』にしようとしているのだ。
そのために必要なことの一つとして、このティア・サンジェルク島が最寄りとなっている「とある迷宮」の攻略を進めようとしているというわけである。
『魔大陸』とは人類の明確な敵である魔人種たちの本拠地だった場所であり、『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』のような裏ボスを除けば、いわゆる人が倒すべき最終目標、ラスボスである『魔王』が統べる地だったのだ。
それが空に浮かぶ大地ともなれば、人がそこへ至ることが可能な手段が限られるのは当然のことである。
魔導生物ならざる人にとって空は敵の支配する領域であり、飛空艇等の時代錯誤遺物や逸失技術兵器を使ったとしても、正面から乗り込むことは現実的とはいえない。
となれば隠された経路を使って侵入することこそが、唯一の手段となる。
つまりは俗にいう『最後の迷宮』というやつだ。
なぜわざわざそんなものが存在するのか、そもそも誰が用意したのかは永遠の謎である。
ゲームであれば当然の『最後の迷宮』の存在も、現実として考えればご都合主義が過ぎると言わざるを得まい。
とはいえ、どうあれ『勇者救世譚』に記されている、当時『勇者』が『魔大陸』へ辿り着くために攻略した最後の迷宮は海底にあり、そこへの入り口に最も近いのがここティア・サンジェルク島というわけである。
もちろん現代の人がそんな情報を把握できているはずもない。
別に勇者パーティーの一員だったわけでもない『全竜』が知るはずもなく、『妖精王』は未だそこまで細かい意志疎通ができるほどその精神は成熟していない。擬態かもしれないが。
直近に加わった『神獣』も特にそんなことにはとんと興味を持っておらず、ソルが現時点で従僕としている『怪物』たちであっても、その場所の特定は不可能。
ではどうしてソルたちがその位置を把握できたのかといえば、千年前から存命している者も少なくない『妖精族』による情報提供によってである。
もっとも位置の特定ができたところで、今の人類には海溝の深淵に存在する迷宮の入口へ辿り着く手段などあるはずもない。
だが今のソルは当時の『勇者』とおなじく『妖精王』をそのパーティーメンバーの一人としている以上、同じ手段で入り口まで辿り着くことなど造作もない
そして辿り着けさえすれば現有戦力で敵を蹴散らし、今なお海上に台風を纏って浮遊している『魔大陸』へと行くだけである。
リィンやフレデリカ、ジュリアやエリザたちの『固有№武装』ではまだ無理な難度なのであれば、ここである程度時間をかけて育成することも吝かではない。
もしも急がなければならない状況となれば、『全竜』、『妖精王』、『神獣』の力を行使して推して参ることも容易だろう。
つまり現在のソルの第一目標は、『魔大陸』の攻略とその入手というわけである。




