第230話 『休暇の終わり』③
魔導生物である亜人種や獣人種は『魔導器官』をその身に宿し、外在魔力を吸収することによってその真価を発揮する。
だからこそ外在魔力が極度に枯渇していたこの千年間は、強者どころか普通に暮らすことにすらも苦労する明確な弱者として、人の膝下に組み敷かれることから逃れられなかったのだ。
だがソルによって『妖精王』が解放され、『世界樹』が復活した今。
再び世に外在魔力は満ち、魔導生物たちはその本来の力を取り戻しつつある。
事実、ソルの活躍が派手過ぎるがゆえにあまり目立ってはいないが、迷宮、魔物支配領域を問わず魔物の脅威度は上昇しており、冒険者たちには自分たちの現在の等級から一つ下あたりの依頼や正式任務を受けることが推奨されている状況なのだ。
実際、少なからぬ犠牲者が出てもいる。
救いは迷宮地下第5階層よりも深い深度はもとより外在魔力が濃密であったため、トップ冒険者たちにとっては「浅い階層の雑魚どもが妙に強くなったな」程度で済んでいることくらいだろう。
つまり今、魔導生物である亜人種や獣人種たちは千年前にはそうであったように、人に対して圧倒的に強者だということなのである。
しかも妥当としか言えない、人に対する怒りを誰もがその胸に秘めた。
ガルレージュの人々が純朴に考えている「ソル様がよしとされているのだから、亜人種や獣人種という弱者を見下したりしちゃだめだよな。ソル様たちから見たら俺たち人も含めて、みな一様に弱者なんだから」などと言う考えは、すでに思い違いも甚だしい。
今亜人種や獣人種たちが大人しくしているのは、自分たちの解放と本来の力を取り戻せたのはソルという絶対者のおかげであり、自分たちを虐げ続けてきた人と奇しくも同じく、それと比べれば自分たちが本来の力を取り戻してもなお弱者だと理解できているからに過ぎない。
加えてまだ世界樹が復活する前にエメリア王国主導で自分たちの解放が行われたこと、その際に極刑まで含めて、度が過ぎていた者たちには罰が与えられたという事実も大きいのだが。
とにかくソルとしては今日ここへ亜人種、獣人種たちの各種族代表――よりわかりやすく言えばその種族が従うであろう強者――を招集し、その判断のもとに各種族ごとにパーティーを結成、専用迷宮、魔物支配領域の攻略体制を確立させようとしているというわけだ。
「その後はどうするの?」
「当然この島を休暇の場所に選んだのにはきちんと理由があるから、僕たちはそこを攻略することになるかな。まあ、まずは各種族の代表たちとの顔合わせを済まそうか」
ソルからその展開の大筋を聞かされているリィンは、そこで苦労するとは思っていない。
だからこそ、それを済ませた後自分たちはどう動くことになるのかをソルに問うているのだ。
ソルとしてはこのティア・サンジェルク島を休暇の場所に選んだのはあくまでもついでであり、その本来の目的を果たすべく行動を始めるという事らしい。
強者となっているからこそ、亜人種や獣人種の代表はソルの、そのソルに付き従っている怪物たちや、人としては桁違いの戦闘能力を有するに至った自分たちの力を理解できるだろう。
自身の剛力に頼る者は、真の強者に従うことを恥とはしない。
本気で従いたくないのであれば、その真の強者に挑んで死ねばそれで済むからだ。
逃げることもできず、死にたくはないが従うのも嫌ですというのは、本当の意味で矜持を持つ存在にとっては卑怯者だとしか思えない。
弱者には基本的人権とやらも平等とやらも存在しない。
そんなことを嘯けるのは、暇を持て余した絶対的な強者だけなのだ。
だからこそ亜人種や獣人族は、この千年を耐え忍ぶことができたのだとも言えるだろう。
当然怒りは覚えるし、臥薪嘗胆を心に誓いもする。
だが弱者である自分たちへの扱いを、なんの根拠もなく不当だと叫ぶようなみっともない真似はしないというだけだ。
自分たちだって食うためだけではなく、愉しむために獣を狩る。
旨いからという理由だけで、わざわざ子牛を料理して喰う。
害があると見做した生物は、力が及べば問答無用で駆除して当然だと思っている。
他者の命を奪って生きるのが生物だと理解している者たちにとって、「命はみな平等であり、生まれながらにしてみな幸せに生きる権利を持っている」などと、どの口が嘯くのだとしか思えない。
言葉が通じるから、意思を持つ者同士だからどうだというのか。
現実に即さないきれいごとなど、戯言以下でしかないのだ。




