第229話 『休暇の終わり』②
「この島への『転移門』の設置はすでに完了している。いつでもいけるぞ」
『妖精王』が解放されたことにより復活した『世界樹』の枝を利用した、大陸中への『転移門』の設置。
それは『解放者』専属兵器開発廠総責任者、ガウェイン・バッカスの重要任務の一つである。
世界中に張り巡らされている、魔力の動脈とも言える『竜脈』
その結節点、鉄道でいえば駅のような役目をしている『竜穴』はいくつも存在しており、『全竜』と『妖精王』が揃ったことによって、ソル一党はそれを利用した他地域へのいわば瞬間移動を可能としている。
つまりはそれを可能とする『竜穴』を任意の位置へ人工的に創り上げたものをさして、『転移門』とソルたちが名付けたのだ。
その存在はソルの味方でさえあれば、知っている者の数もすでにそれなりに存在している。
すでに設置されている『転移門』の数もエメリア王国王都、ガルレージュ城塞都市、妖精族の森、聖都アドラティオの4つに続き、今回ソルの『飛び地』となった|ティア・サンジェルク島に設置されたことによって5つ目となった。
だがその稼働は『全竜』と『妖精王』が揃っていなければ不可能であり、つまりそれはソルにしか使えないということでもある。
将来的には間違いなく物流革命を起こすだけのシステムではあるが、今のところソルは便利に自分たちが移動する手段にしか使うつもりはないらしい。
今回はフレデリカが最初の予定として告げた通り、この島へ大陸中から解放した少数種族――亜人種と獣人種の代表たちを招集するために稼働させるつもりなのだ。
「冒険者ギルドへの亜人種や獣人種たちの登録は問題なく完了している。ただし今のところは、従来の迷宮や魔物支配領域での依頼、正式任務の遂行は遠慮してもらっている状況だな」
冒険者ギルド総長であるスティーヴが、その亜人種や獣人種たちの現状を端的にソルへと報告した。
これからここへ転移させられる代表者たちは今、ガルレージュ城塞都市の『転移門』の前に揃っている手はずになっている。
大陸中に小規模に存続しているそれぞれの里へすぐには戻れない、解放された亜人種や獣人種たちは、今のところ冒険者ギルド預かりのカタチで城塞都市ガルレージュで保護されている状況だ。
差別意識が皆無とまでは言えないが比較的リベラルなエメリア王国領、しかもソルのお膝元と見做されており、亜人種、獣人種の解放はそのソルの意志によるものだと公表されているので、もっとも暮らしやすい場所であることは確かだろう。
日常的にソルが『全竜』と『妖精王』を常に連れているところを目の当たりにもしているので、わざわざ表立って亜人種や獣人種を悪く言おうとする者の絶対数がそもそも少ないし、内心どう思っていてもそれをわざわざ態度に出すようなバカはいないのだ。
とはいえ、いつまでもそのままというわけにもいかない。
千年にも及ぶ不当な扱いへの補償はあらゆる意味でもちろん実行するのは大前提だが、亜人種、や獣人種たちも、自らが働いて食っていける状況を構築する必要がある。
そういう意味では冒険者として登録し、依頼や正式任務をこなしてもらうのは、当面を凌ぐ手段としてはそう悪くないもののはずだ。
だがスティーヴは冒険者としての登録は完了させながらも、今のところ依頼も正式任務もあえて受けさせていないとソルへ報告しているのだ。
「それについては今日の顔合わせ以降、専用の迷宮を用意する予定です。いよいよ僕たち『解放者』も本格稼働になりますね」
その報告を受けたソルも、そのことを特に疑問には思っていないらしい。
というかスティーヴがそうしている理由も理解しているからこそ、亜人種や獣人種専用の迷宮を準備しようとしているのだろう。
そのためもあって、ここで今日代表者たちを顔を合わせようとしているのだ。
実際、ソルとスティーヴだけではなく、フレデリカやリィン、ジュリアも人と亜人種や獣人種を同じ迷宮、魔物支配領域の攻略に向かわせないようにしようとする判断は妥当だと思っている。
なぜならば今の彼らは、すでに人に比べて圧倒的な強者となっているからだ。




