第227話 『お約束イベント』⑦
「ルーナ、今回の件については僕が決められることじゃないよ……」
だが申し訳なさそうにも聴こえるソルのその言葉に、傍から見ていてもそれとわかるほど、ルーナの身体が強張る。
ソルとても役得な部分は多く、「そんなに気にするな」と言ってやりたい思いもあるとはいえ、まかり間違っても「見た側」、つまりは得をした側がそんなことを言えるはずもない。
「気にしてないよルーナちゃん」
「顔を上げてくださいルーナ様」
「大丈夫です、ルーナさん」
「ソルもルーナちゃん連れてホントに謝りに行ったりしなくていいからね~」
ソルのその言葉を聞いて、涙目で許しを請うべき相手であるリィン、フレデリカ、エリザ、ジュリアを見つめたルーナに対して、その全員が即座に許しを与える。
最強でありながらも庇護欲を掻き立てる可憐な儚さも備えているのは反則だと思わなくもないが、少々間抜けだったとはいえ強引にでもソルを「見てしまった立場」にしてしまえたのはジュリア以外の女性陣にとっては僥倖とも言えるのだ。
よってルーナとアイナノアを許すことによって、ソルに申し訳なさを感じさせつつも一旦手打ちとできるのは望むところなのである。
3者3様に、ジュリアとセフィラスの2人には申し訳ないとは思ってはいるのだが。
「……忝い」
即答で許しを与えてくれたリィンたちに、改めて深々と頭を下げるルーナである。
ソルがその許しの言葉を聞いてほっとした表情を浮かべたこともあり、本気で安堵して感謝しているのだ。
「それにこれすごいんだよソル君。ソル君も一緒に空で海水浴しようよ」
「それは抗い難い提案だね」
「♪~」
一方、下手人の一人である妖精王はお気楽そうである。
まあ初手の大波で水着が脱げてしまっていた以上、アイナノアのやったことといえば4人を宙高く打ち上げた後にキャッチしただけとも言える。
一方、それが無ければソルが見ることもなかったとも言えるのだが。
まあ謝罪を受け入れた結果、自分たちの得た利害とソルの罪悪感もある程度は払拭できていることも考えればそれは大した問題ではない。
なによりもその妖精王が可能としている、海水浴をしながら宙に浮かぶという贅沢な遊びには魅力があり過ぎる。
となればここからは平和裏に、皆で普通ではできない真夏のリゾート島での休暇を満喫することこそがいちばん正解だろう。
フレデリカとしては自らが目論んでいたよりも、大幅にソルとの関係を進めることには成功しているのは間違いない。
多少の「後ろめたさ」や「気拙さ」というものは、使い方さえ間違えなければ適度な加速材にもなり得る要素でもある。
そしてそれを十全に活かすのであれば、陽の光が降り注ぐ日中は健全この上なくはしゃいで過ごすのが最も効果的だろう。
常夏の島とはいえ、夜ともなれば当然日は落ち、演出次第で蟲の音と波の音が満ちる淫靡な空気を孕んだものともできる。
ルーナが提供してくれた大海蛇がどうかは不明だが、古来蛇のごとく長い蛇行型の魚類の肉は、精がつくものだとされている。
実際はどうであれ、そういった話を振りつつ大海蛇の料理を振舞えば、偽薬効果などにも期待できるはずだ。
もちろんお酒の力を借りることにも、躊躇するつもりなどない。
要はソルをその気にさせてしまえさえすれば、フレデリカたちの勝利なのだから。
だが取りようによっては上手くいきすぎているこの状況に、フレデリカですらも油断してしまったのかもしれない。
一旦は完全に「後ろめたさ」や「気拙さ」を払拭するために、努めて明るく健康的に振舞おうと意気込んだ結果、自分たちの今の状況をうっかり失念してしまったのだ。
普通であればまず、脱げてどこかに行ってしまっている水着を探して身に付けることを忘れることなどありえないだろう。
だが妖精王による水の水着の出来があまりにもよく、そうなる直前に全裸を見られているためにそれによる羞恥も落差によって麻痺してしまっていたのが良くなかった。
結果。
落ちかけた日が水面と空を鮮やかなオレンジ色に染め上げ、まだ暑いにも関わらず日中からの落差で、どこか涼しさを感じさせる夏の夕方に再び悲劇は起こることになった。
遊び疲れたソルと4人の女性、2体の怪物たちが「今日は愉しかったですね」だとか「宙に浮かびながら水にも浮かんでいるって不思議な感覚ですよね」などとはしゃぎつつ、沈みゆく夕日の美しさに見惚れながら心地よい脱力感と熱にふわふわしている最中。
「さて。今日はもう引き上げて、ルーナが獲ってくれた大海蛇を料理しようか」
とソルが宣言し、それに各々が笑顔で答えていく中。
「♪~」
今日のお遊びは終わりだと理解した妖精王が、己が常時行使していた魔法を解除したのだ。
つまり水の水着は当然すべてただの海水へと戻り、一日が終わり夕日に染まった己が裸体を再びソルに晒すことになったのである。




