第222話 『お約束イベント』②
そして自身を性的な目で見られていることはなにも変わらなくとも、その結果抱く感情は情け容赦なく相手によって真逆に変わる。
その相手がソルの場合、リィンやフレデリカ、エリザがどうなのかは今さら言うまでもないだろう。
つまりは見間違いようもなく照れつつも嬉しそうにしか見えないソルの様子に自分たちもテンションが上がってしまい、運動とは別の理由で体温が上昇して頬が上気していくことを、3人ともが止められない状況となっている。
その中でジュリアだけが、その双方の様子を見て笑いを堪えるのに必死である。
自分がここで笑ってしまっては、ソルにこちらもソルの様子を把握していることが発覚してしまうので、ここはこのおもしろい状況を維持するためにも忍の一字しかないジュリアなのである。
そして彼女らの人間離れした視覚をはじめとしたあらゆる感覚は、ソルが自分たちのどんな仕草に反応をしてその表情を浮かべたのかですら、ほぼ正確に把握することが可能とまで来ている。
結果、初めは無言のままに「ソルの視線を奪った回数」を競い始めることとなった。
それはそう時を置かずにその回数よりも自分の仕草、リアクションによってソルの表情が崩れた度合いを競い合うステージへと速やかに移行し、それを引き出すために必要な行動――要はあざとい仕草――へと移行してゆくのにもそれほど時間はかからなかった。
それはなにも自分1人だけがソルの視線を集め、その表情を崩させるということに拘ることなく、女の子同士のわりと大胆めな絡みや、あえて波に足を掬われてあられもない姿で水辺に座り込むというような荒業も行使され始める。
最初はさすがに羞恥心が勝っていたリィンとエリザではあったが、フレデリカがこれでもかとあざとい仕草を連発し、それにノリノリで乗っかっていくジュリアにも乗せられて、やがて2人もまた大胆になっていった。
やはり羞恥よりも、それに耐えてとった自分の仕草や姿にソルが反応してくれることの喜びが勝ってしまうらしい。
そんな風に自然にはしゃいでいるようでありながら、お互いの髪や顔にかかる水の量は適切に調整されているあたり、とても高度な茶番であると言えよう。
ちなみに賢者たるイケおじとチョイ悪じい様はこの時点で「こりゃいかん」、「そろそろやばいな」と判断し、適当な理由をつけてソルの側から退散している。
ソル・ガールズによるソルへのアピール合戦を、部外者が目にすることが無いように大人として配慮したのだ。
それを確認して今自分たちがはしゃいでいる様子を見ているのがソルだけになったと理解したフレデリカたちは、仕舞いには海での男女休暇のお約束とも言える、「突発的なトラブルによって水着が脱げてしまう」という最大奥義をいつ誰が放つのかを探り合いはじめるところまで事を進めることになった。
やる気なのはやはりフレデリカと、それに対抗しないわけにはいかないリィンの2人。
さすがに人妻となるジュリアや、未だ幼いエリザはそこまで踏み込むつもりも覚悟もなさそうである。
だがそんなぎりぎりを探り合う極限の状況下で、それらの駆け引きすべてを台無しする一撃が唐突に叩き込まれた。
ルーナである。
リィンやジュリア、フレデリカやエリザをも超える全竜の分身体としての超感覚で、沖合を全力で泳ぎながらも、ルーナは己が主が嬉しそうな表情をしていることを当然察知していた。
その理由が、波打ち際でいまだなにが楽しいのかわからぬじゃれ合いを続けている、リィンたちの姿を見ていることが理由だということも。
自分たちが全力で泳いでいても呆れた視線を一瞥くれただけで、ソルはそんな風に愉しそうにはしてくれていない。
つまり『全竜』と『妖精王』が己が主を喜ばせるために、予告なく非力で可愛い女の子を演じながらの水の掛け合い、じゃれ合いに参戦したのだ。
ただし全力で。
なにがソルを喜ばせているのかを、まるで理解できていないが故に起きた悲劇、あるいは喜劇であると言えよう。
どおんという爆発音とともに、波乗り者であれば歓喜するほどの大波が突如発生し、波打ち際でルーナに言わせれば児戯を続けていた4人を一瞬で呑み込んだ。
それとてもルーナとしては充分に手加減したものであり、実際今のリィンたちのレベルであれば、普通の人が強めに水をかけられた程度のこととそう変わりはない。
自然を操るアイナノアはその追撃として巨大な水柱を人数分発生させ、常人であれば命にかかわる高さまで、ルーナの起こした波にのまれた4人を打ち上げている。
とはいえ一瞬で大波に呑まれた上に上空へ放り上げられたリィンもジュリアも、フレデリカもエリザも、深刻どころかほんの僅かの痛痒すら受けてはいない。
それにこの程度の高さからであれば、とくに装備の力など借りずとも無傷で着地することなどいまや造作もないし、万一そのまま受け身も取れずに落下したとて、今では膨大な数値となっている不可視の障壁がその身を護ることも間違いない。
つまり派手な惨劇なように見えて、本人たちはいたって無事なのだ。
耐えられなかったのは、彼女たちが身に付けていた水着の方である。




