第220話 『真夏の休暇』⑩
「で、ソルはどうするよ? ここでおっさんと爺様相手に酒吞んで寛いでていいのか? 女性陣はかまってほしそうだったから、水遊びにソルが参加したら大喜びだと思うが」
「まー、絵面でいうなら、綺麗どころが鮮やかな夏の水辺ではしゃいでるのを見ながら吞む酒っていうのは最高の贅沢でしょう? そこへ男が混ざって台無しにする気はないですよ。一緒にのんびりしましょうよ」
「ま、それも悪かねえか。役得ってやつだあな」
そう言ってグラスを掲げ、スティーヴのそれと軽く合わせるソル。
ソルにそう言われてしまえば、スティーヴも無理にソルをけしかけるつもりもない。
実際、波打ち際に移動して水遊びを始めた現状仮定呼称ソル・ガールズたちは確かに見目麗しい。
しかもそのうちの1人は大国の王女様であるフレデリカ、約2体は神話や伝説として扱われている偽書『勇者救世譚』に記されている本物の『怪物』たち、邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアと妖精王アイナノア・ラ・アヴァリルなのである。
それらとつい前日までは普通の冒険者やスラムの住人であったはずの超絶美少女たちが水着で戯れているのを眺めながら、盛夏の日差しの下でよく冷えた酒を呑めるというのであれば、どこにも文句を言う筋合いなどありはしない。
男と言うのはどうにもこう、綺麗どころの女性たちを眺めながら酒を呑むのが好きな生き物であるらしい。
夜の街でも踊り子などはたいそう人気があり、有名店のトップ・ダンサーなどはちょっとした偶像視されているほどなのである。
金を出したところでけして見ることなど叶わない美少女たちの水辺での戯れを、ソルの御相伴にあずかってとはいえ目にすることを許されているのは、スティーヴ、ガウェインの立場があってこそのものだといえよう。
それに激変した現状の世界情勢においては、今こうしてソルと共に酒を呑めることそれ自体が、組織を束ねる立場の者にとっては厳然たる力と成りうる。
絶対者の側近とは、正しく虎の威を借れる狐であれてこそなのだから。
であれば十全にそれを活かすべきだと、スティーヴは割り切ったらしい。
そうは言いつつもちろんタイミングを計って、女性陣たちがソルに対して「水辺でのアプローチ」を仕掛けられるように、ガウェインを連れて退散するつもりでもあるのだが。
「……儂の『魔導制御衣』がダメで、今身につけている水着は平気な意味が分からん」
スティーヴよりも素早く割り切り、すでに酒を呑み始めていたガウェインが、本気で解せぬという表情と声色でそうぽつりと漏らした。
確かに『固有№武装』を個々人が装着するために必須となる『魔導制御衣』は、結果として酷く扇情的なシロモノとなったとガウェイン自身もそう思ってはいる。
完全に武装化完了すればそこまでではないとはいえ、通常装備の異相空間への格納から『固有№武装』を召喚して装着するまで、いわば変身期間については身体のラインが全裸と変わらぬほどに判ってしまうのは、己が意図したことではないとはいえ正直申し訳ないとも思っていたのだ。
それが今身に付けている水着であれば、少々テレながらでも全員がソルにその感想を聞くと来た。
実際ここティア・サンジェルク島への休暇が決定した後、『魔導制御衣』に使用している素材、技術を流用して水着を造ることをフレデリカから依頼されたのはガウェインなのである。
人間用の武装である『固有№武装』だけではなく、『全竜』や『妖精王』特化の装備も将来的には作成する予定の為、水着をつくるために必要とする全員分の詳細な身体データはもちろん揃っていた。
それを基にフレデリカ持ち込みのデザインを反映させた水着を造る程度であれば、ガウェインにとっては造作もない。
確かにその手のオーダー・メイド作成のための各種データを、今さらガウェイン以外に提供したくないというフレデリカの判断も理解できたので、ソルの承認を前提に確かに引き受けはしたのだ。
だがそのデザインは先刻ソルがそう感じた通り、ガウェインから見てもまあ有体に言えば相当にエロかったのだ。
確かに水辺限定の水着というシロモノであるとはいえ、それを身に付けて人前に出なければならないという点については『魔導制御衣』となにも変わらない。
フレデリカが中心となって身に付ける本人たち自らが原案を出した水着たちが、エロいだけではなくその意匠が可愛かったりカッコよかったりすることを認めるのは吝かではない。
だが『魔導制御衣』と同じく、ソルとそれに関わる男カウントをされていない連中の前でのみ見せる条件でありながら、女性たちの反応のあまりの差にガウェインとしてはどうしても納得がいかないのだ。
あれらの水着を身に付けて多少赤面しながらもソルにその感想を聞けるのであれば、『魔導制御衣』の方がまだしも肌の露出という点においてはまだマシなはずなのにである。
「それはまあ、確かにな……」
そしてそのガウェインの疑問には、スティーヴも同意するところらしい。
不用意に一度目の装着時に同席したことで居た堪れない立場になったスティーヴとしてみれば、ガウェインと同じく今日の水着を見せても平気なのなら、『魔導制御衣』であそこまで大騒ぎすることもなかろうに、と思ってしまうものなのだ。
「えー、なんといいますかそれはT.P.Oと申しましょうか、ギャップによる羞恥と申しましょうかですね……」
だがこの3人の中ではソルだけが、彼女たちのハズカシサを理解できてしまう。
あえてある程度は肌や躰のラインを見せることもその機能、目的に含まれている水着であれば、それを身に付ける際の心構えや振舞い方、いわば覚悟といったものを固めた上でのことなので、ある程度の羞恥すらも前提としてしまえるのだろう。
だが強大な魔物との戦闘を可能とする、ソルの仲間として己の力を十全に揮えるようになる『武装』でありながらもあそこまでエロいとなると、覚悟というか意識が上手く両立できなくて、とても恥ずかしくなるというのは理解できなくもないのだ。
命がけで戦うための装備でありながらなぜかエロいという、乖離がもたらす羞恥というやつである。
実際、今日の水着の破壊力はソルも認めるところではあるが、「ぶっちゃけどちらがよりエロいと思いますか?」とでも問われれば、「……『魔導制御衣』です」と答えてしまうのがソルとしても正直なところなのである。
それは今、波打ち際で水の掛け合いをきゃっきゃうふふと始めたリィンたちの、はしゃぐ姿を目にしていても変わることはない。
元よりそういう目的も内包しているものと、そうではないものが結果としてそうなってしまっているという、いわば天然の破壊力は比べ物にならないのだ。
あるいはそのソルの感覚を理解できているがこその、女性陣たちの反応の差なのかもしれない。
どうやら若い者たちにしかわからぬ機微があるらしいと理解したスティーヴとがガウェインは、いつの時代の大人たち誰もが必ず思う感想を内心で得ている。
曰く、
――最近の若いもんの考えていることは、よくわからんなあ……
と。




