第214話 『真夏の休暇』④
もちろん休暇はついでに過ぎず、この地への招待をソルが受け入れた理由は別にある。
だがティア・サンジェルク島へソルが招待されている事実を知ったリィンとジュリアの反応が、ソルの背中を押したこともまた事実でもある。
年頃の女の子として、真夏の一級リゾート地での休暇に憧れるなと言うのは無理でしかないのだ。
しかもプライベート・ビーチどころか、プライベート・アイランドともなればなおのことである。
そうしてソルがこの島へ実際に訪れた結果、今現在ポセイニア東沿岸都市連盟の首脳部、五大都市国家の長が集った『常任理事会』ではフレデリカの予想したとおり、今後ソルへどうすり寄るかの会議がこの上なく真剣に行われている。
幸いにして今回、絶対者の来訪と自国内への所領を成功させた観光都市サン・ジェルクは自分たちの身内だった。
だからこそもちろんポセイニア東沿岸都市連盟内でのサン・ジェルクの立場は飛躍的に強くなっている。
だがそれだけに留まらず、国際社会においてはすでにサン・ジェルク単体の方が、ポセイニア東沿岸都市連盟という本来の上位組織よりもあからさまに上として扱われている有様だ。
つまりこれは過日『四大大国』という揺ぎ無い実力によって呼称されていた肩書など、もはやハッタリにすらならない、ただのがらくたに堕したのだということに他ならない。
フレデリカが初めからそう認識していたとおり、今やソルを取り込むことさえ出来れば、昨日までの小国が大国の立ち位置をあっさりと覆し得るのだ。
実際にソルを取り込むその難易度が、どれほどのものなのかはこの際は関係がない。
傍から見ている分には「そんな簡単なこと」で、自分たちの既得権益を失うことになるかもしれない恐怖に怯え、いまだ力を持ったままだと勘違いしている権力者たちほど派手に踊り出しているというわけだ。
だが軍事力も、経済力も、歴史も、コネクションも、その一切合切がもはや国際政治においては、かつてのように有効な力としては機能しなくなっている。
あらゆる既得権益の崩壊。
人が築き上げてきたこれまでの価値観など、それを砂の城の如く粉砕できる『怪物』たちを擁する者の前では、なんの役にも立ちはしない。
つまり今、この大陸は平和を維持したままに乱世に突入したとも言えるのかもしれない。
◆◇◆◇◆
「まあ今はそういうややこしい話は置いておいて、せっかくの休暇を楽しみましょう」
とはいえせっかく最上級の浜辺に繰り出してきていながら、そんな話をしていても埒が明かないのも確かだ。
よってリィン、ジュリア、エリザの3人が透き通った海の蒼に興味津々なことを察しているフレデリカが、まずは休暇らしい行動をしましょうとソルに笑顔で提案する。
「それはいいんだけど、フレデリカ?」
ソルとても、そのフレデリカの意見に異を唱えるつもりなどさらさらありはしない。
だがその前に、わりと真剣に目のやり場に困る今の状況を確認しておく必要があると感じたので、敢えてフレデリカの名を呼んだのである。
「なんでしょうか、ソル様」
呼ばれたフレデリカはわざわざ座っているソルの左側へと近寄り、立っている己の腰をかがめて、低い位置にあるソルの顔あたりに自分のそれを近づけて首を傾げる。
結果、普通に立っているよりもより破壊力を増したその肢体に思わず目を奪われ、ソルは動きに出してたじろがないよう、少なからぬ努力を必要とした。
まあ生唾を呑み込んでしまった以上、すべての努力は水泡に帰してはいるわけだが。
「……この格好は、なんのつもりか聞いてもいいかな?」
そんなソルの動揺を見抜いていながら、まるで揺るがないとびきりの笑顔で応えるフレデリカに、ソルは自分のモノも含めたこの場にいる全員の格好についての確認を行った。
「真夏のサンテシェセル海、それもフォル・メンテラ諸島のリゾート島での休暇ともなれば、水着に着替えてのこととなるのは自然なことではないでしょうか?」
「……いやそれはまあ、そうなんだろうけどさ」
つまりこの場にいる者はソルも含めた全員が水着姿なのである。
しかしながらあざとく首をこてんと傾げつつ答えたフレデリカの言葉のどこにも瑕疵などはなく、確かにソルとしてもそうとしか答えようがあるまい。
だがソルが問うた本当の意味は「どうしてみんな水着なの?」などではない。
真夏のリゾート島のプライベート・ビーチ、自分自身も水着に着替えてこの場に来ていながら、そんなことを確認するのは確かに今更がすぎる。
そもそもこの地にみんなを誘ったのはソル本人であり、主目的はもちろん別にあるとはいえ、夏のリゾート地での休暇をみなと楽しもうとしていたことは間違いない事実なのだ。
であれば水着になって海で遊ぶことは聞くまでもなく当然の流れでしかない。




