第213話 『真夏の休暇』③
「もー、ルーナちゃんは過激だなあ」などと言って呆れている己の幼馴染殿や、先の発言を聞いても穏やかな笑顔を崩さない第一王女様はさすがだなあと思わざるを得ない、ジュリアとエリザなのである。
まあ一番さすがなのは、困ったような溜息一つでそんな全竜を慌てさせている、もう一人の幼馴染殿ではあるのだが。
そのソルが『魔大陸』の浮上によって発生するはずであった未曾有の災害から、大陸東側の沿岸部を完璧に護り切った夜からすでに約一月もの時間が経過している。
各国の支配者階級の者たちが、可能な限り詳細な調査報告を受けていた『聖戦』の顛末ですら、この大陸におけるパワーバランスは大きく変化した。
というよりもソルという絶対者の存在をこれ以上ないくらいの派手なパフォーマンスと共に認識し、それを大前提とした在り方、振舞い方へと激変したのだ。
実際に神様のような存在が顕現し、その神様にとって「悪いこと」をした者はけして逃れられぬ神罰を受けることを思い知らされれば、いかな傲慢な生き物である人とても変わらざるを得ない。
それは先日行われた、汎人類連盟会議における各種決議内容が証明しているだろう。
だが今回は、実際に己の目で現人神の奇跡を目にした者の数が桁違いである。
しかも今回の相手は『聖戦』での、逸失技術兵器を含んでいたとはいえあくまでも人によって組織された軍隊などではない。
人にとっては本来どうしようもないはずの自然災害――豪風と大海嘯、それらを発生させた原因である深海より浮上した『魔大陸』から放たれた、それこそ空の津波の如き大量の魔物による暴走だったのだ。
――ちなみにこの世界において時折発生する、魔物の大湧出とその暴走は、自然災害に分類されている。
だがそのすべてを退け、人命どころか沿岸部の都市の港湾施設や工場といった社会的経済基盤類にも被害らしい被害を発生させないというまさに奇跡を、かなりの距離があったとはいえ支配者階級の者たちも含めた多くの者が己の目で見、耳で聞いたのだ。
その時になにを思い知ったのか。
それはポセイニア東沿岸都市連盟の、今現在の立ち位置である。
エメリア王国はその第一王女がすでにソルの妃候補としての地位を確立しており、盤石。
次期王となる第一王子との関係も良好といわれており、ソルが第一王女を従えて表舞台に登場するまでは王位継承権者であった第二王子は、まさかのソル配下の一人として迷宮攻略に明け暮れているという。
それを羨ましそうに眺めながら、さっさと第一王子に王位を継承して自分も第二王子に続きたい今上王エゼルウェウドなどと言う話が漏れ聞こえてくるほどに、名実ともにこの大陸における最強国家として揺ぎ無い地位を築いていると言える。
その一方で『聖戦』において明確にソルと敵対したイステカリオ帝国と、聖教会の聖都アドラティオを内包していたアムネスフィア皇国は、その敗戦によって旧体制が一掃されたがために、現在は事実上ソルの直轄領のような扱いとなっている。
一部ではイステカリオ帝国の幼帝が実はまだ生きていてソル直属の配下となっているだとか、アムネスフィア皇国の女上皇がソルハーレム入りしただとか、わりととんでもない与太話まで、市井で暮らす者たちの口の端には上がっている状況なのだ。
つまり過日、四大大国と称されていた中ではポセイニア東沿岸都市連盟のみが、いまだソルとはまったくの他人のままに存続している状況なのだ。
言い換えれば一番出遅れているという、揺ぎ無い事実。
守られる立場ではあれど、初めて直接絶対者と関わりその桁外れの力を実際に目にしたことで、ポセイニア東沿岸都市連盟はそのことを思い知ったのだ。
人による軍隊どころか、東沿岸部が壊滅的な被害を受けざるを得なかったであろう超級の自然災害まで消し飛ばしてしまえる相手なのだ。
その歓心を買うことに全力を挙げるべきだとなるのは、当然の判断と言える。
今までのんびり様子見などと嘯いていた自分たちのことを棚に上げて、「ここまでの怪物なんだったら、もっとはやくそう言っておいてくれ!」というのが、偽らざるポセイニア東沿岸都市連盟の指導者たちの本音だろう。
その思いはなにも支配者階級だけに限定されず、まともにものを考えることができる者であれば老若男女、貴賤貧富を問わない。
どうあれこの世界で生きていかざるを得ない以上、今ソルという絶対者との強固な関係を築けていない大国など、砂上の楼閣よりなお脆いものだと誰もが理解したというわけだ。
よってソル一党に救ってもらった各都市から利権や金銭での謝礼が山ほど届くことに合わせて、各々自慢のリゾート地へほぼすべての都市国家がソル一党を招待したのである。
その中でソルが選んだのが、ここ観光都市サン・ジェルクによるティア・サンジェルク島のソルへの割譲と、そこへの招待だったのだ。




