第212話 『真夏の休暇』②
「お気持ちはわかりますが、自国領土内にソル様の直轄領を持っていただくというのは悪くない手です。すでにあらゆる国家が、その方向で動いているとみていいのではないでしょうか?」
要は絶対者の直轄地がある国家や都市に対して、他国はおいそれと手を出せなくなるということだ。
ソルが領地の献上を受け入れてくれさえすれば、その事実こそがその国家にとって万の軍勢よりも自国を護る最強の手札となることは間違いない。
封建制における貴族とは与えられた土地を護りつつ、その見返りに君主に仕えるという側面もある。
それとは本質をまるで異にしているとはいえ、自国の風光明媚な土地を差し出すことによって絶対者の歓心を買え、現状においては国際社会における発言力も増すとなれば、サン・ジェルクのこのやり口を真似ない方がおかしいとすら言えるだろう。
「それはそれで、えー……だよね」
フレデリカが語った内容もさることながら、その様子に明確な「たかが島一つ」というニュアンスを感じ取ったリィンは若干引き気味である。
最近はもう当たり前のように仲良くしているが、こういう時にはやはりフレデリカが大陸一の巨大国家であるエメリアのお姫様なのだ、ということを思い知らされる。
リィンとて高位冒険者として、市井の者たちからは「お金持ち」と見做される立場ではある。だからこそ大国の王族の価値観というものが、市井で暮らす者の延長線上になどないということを、よりいっそう痛感できてしまうのだ。
「たかが島一つ」というその考えに、妙な気負いも見栄もまるで存在していないことこそが、大国の王族として生まれた者の凄味なのだと言えるかもしれない。
だがそのフレデリカに言わせれば、もはや今の世界においては『大国の第一王女』などという肩書などよりも、『絶対者の幼馴染』の方がよほど強い。
「たかが島一つ」と無理なく言えるような連中が今、挙ってすり寄ろうとしている存在がソルであり、そのソルの幼馴染どころか実は想い人だというのは最強ポジションだと思うフレデリカなのである。
「欲しくなれば奪うから、恩着せがましく与えてくれずともよい。とでも言ってやればよろしいのでは?」
「♪~」
主のメンドクサそうな気配を敏感に感じ取ったルーナが、気負うでもなくあっさりとそう言い放つ。ルーナと2人、『常時浮遊している組』であるアイナノアは、その背中側で機嫌よさそうに唄っている。
忠実なる従僕である全竜としては、己が主を縛ろうとするありとあらゆる手段と、その根底にある人間共の思惑全てが煩わしいのだ。
それはフレデリカがソルと共にいる上で、最も気を付けている部分でもある。
「たかが島一つ」という捉え方は同じでも、フレデリカのそれとはまったくその骨子を異にする、欲しければ己が剛力でなんでも奪える強者、言い換えれば蛮族の思考方法だとしか思えないルーナの発言である。
一応は『法治』を前提としている、蛮族ならざるつもりの今の人間社会にはそぐわない考え方ではあるだろう。
だがしかし法治という建前を保証する、武力や経済力といったあらゆるカタチをした暴力を叩き伏せることが可能な本物の『怪物』が口にするその極論は、現実世界においては唯一絶対の真理ともなり得る。
ただ人に生まれたというだけで、『当然の権利』だの『かく在るべき平等』だのといった寝言を宣う生き物は人間だけなのだ。
そんなものは人間様の脳内以外では、まるで通用しない。
現実の世界においては、亜人種や獣人種に対する扱いを例に出すまでもない。
同じ人間同士でさえ、額に汗して日々を生きている者であれば誰もが綺麗ごとだと理解していることだろう。
その綺麗ごとを信じてもいないのに口にするのは常に搾取する側――支配者階級――に属する者たちばかりなのである。
そんなごく一部にとって都合のいいお題目に乗せられて誰もが同じことを信じられるようになれるだけの余裕など、世界の覇権を未だ握っているわけではない人間社会にはまだありはしないのだ。
「……さすが全竜サマ」
だがルーナのその苛烈な考え方を聞いたジュリアは言葉に出して若干引き、いまだルーナに慣れていないエリザは絶句してしまっている。
それこそ最近は自然に「ルーナちゃん」呼ばわりが定着してきているとはいえ、どんなに愛らしい姿をしていても、この獣人系美少女は世界を滅ぼし得る伝説の邪竜――存在する全ての竜を喰らった『全竜』ルーンヴェムト・ナクトフェリアなのだ。
そんな全竜を統べる主を、島の1つや2つでどうにでもできると考えている不届き者がいるというのであれば、世界を滅ぼし得るその力を以てその思い違いを正してやることに躊躇などしない。
それがハッタリなどではないと、それなりに付き合いも長くなったジュリアとエリザにはわかってしまうのだ。




