第208話 『僑軍孤進』⑥
「一応、効きはするんだよなあ……」
苦笑いでラルフが言う通り、『零式』の一閃は間違いなく『門番』に通っている。
だからこそ被弾硬直が発生し、そのせいで『門番』の特殊技の発動がキャンセルされたのだから。
たとえ当たっても痛痒を与えられなければ、被弾硬直は発生しない。
それは人類が長年積み重ねた、対魔物戦闘の経験から証明されている揺ぎ無い事実だ。
いやそれどころか一定以上の痛痒を与えられなければ、特殊行動に入っている魔物には被弾硬直が発生しないこともほぼ立証されている。
だが任意のタイミングで『零式』を撃ち込めるラルフであれば、短い間隔でそれを連続することによって、『門番』の特殊行動も高速での移動も封じ込めることができるのだ。
それは一度目、二度目の失敗の過程で得られた貴重な情報、経験である。
つまりラルフの『無限剣閃』は必ず魔物に被弾硬直を発生させることができるという相当の優位性を持っており、その速射性、連続性と合わせて「無敵」に限りなく近いとみなされる大きな要因になっている。
あらゆる行動を任意のタイミングでキャンセルできる事実は、戦闘において圧倒的な優位点となるのは言うまでもない。
不意打ちでも喰らわない限り、ラルフと対峙した魔物は『零式』が尽きるまで何もさせてもらえないのだから。
だがラルフがその優位を十全に活かし、一方的に数百に及ぶ剣閃を叩き込んでもなお、『門番』は動けぬまでも崩れ落ちることもなかったのだ。
『無限剣閃』は強い。
『門番』ほどの魔物に対しても被弾硬直を必ず強いるだけの痛痒を一撃で与え、なにもさせないまま一方的に攻撃できる。
だがそれでも。
その強いはずの攻撃を数百、いや千を越えて叩き込み続けてもなお、平然としている『門番』こそが異常なのだ。
いや異常なのはこの『門番』だけではない。
四大迷宮のみならず、すべての迷宮には同じような異常個体が存在し、それより先の人による攻略を頑なに拒んでいる。
あたかも絶対に人に知られてはならないものが、その先にあるかの如く。
名付、四大迷宮であれば最後の『封印門』のそのすぐ向こう側に存在している、奇しくも各国の言葉で同じ『門番』と呼ばれる魔物が。
名もなき数多の迷宮であれば、悪名高き『断絶階層』を徘徊しているすべての魔物たちが。
まるで人が神から与えられた力を研鑽し、数年、数十年積み上げた努力を嘲笑うかのように。
「これ以上、出し惜しみはなしで行きます。これでもまだ『門番』が倒れなかったら、即座に閉門、再封印手順に入ってください」
「承知した」
だが今夜。
ラルフ・ヴェルナー――『無限剣閃』がその「行き止まり」を打ち砕く。
ソルのようにすべての深淵を覗き込み真実を知るためではなく、ただ日々を懸命に生きる市井の人たちが、強者たちからの庇護を分け隔てなく受けられる世界にするためだけに。
人知れず、『プレイヤー』の力を借りることによって。
「――零式、改之壱――『万雷』」
叫ぶでもなく、なんでもないことを呟くように口にしたラルフの新技、その名前。
それと同時にラルフの両の瞳に純白の魔導光が吹きあがり、それに一瞬遅れてまだ距離のある『門番』の全身が、内側から溢れ出るようにして同じ純白の魔導光に包まれる。
それはこの空間全域を一拍遅れて純白に染め上げた。
続いて轟音。
『万雷』の技名の通り、万の雷が炸裂したかのような、音というよりも強烈な振動がこの空間全域に轟き亘る。
純白の魔導光。
それはラルフの『無限剣閃』――『累』が発動する際に伴う、雷光にも似た魔導光の色だ。
それが行使対象の全身を覆うということはつまり、そうなるだけの膨大量の剣閃を同時に叩き込んだからに他ならない。
技名通りの、万の剣閃。
それを一瞬で敵に叩き込むのが、ラルフの最終奥義である『零式』の応用系、改之壱『万雷』の正体。
なんのことはない、今までの『零式』の同時発動数を、文字通り桁違いに跳ね上げただけの技である。
だがたったそれだけをラルフ単身で発動可能になるまでに、ソルと一緒にわりと洒落にならないほどの訓練を幾度も繰り返す必要があった。
ラルフの『無限剣閃』は口にしたり頭に浮かべた「数」を自動的に発動してくれるような便利な仕組みではなく、ラルフ自身がその目に捉えた発動対象箇所の認識に従って発動されるようになっているからだ。




