第206話 『僑軍孤進』④
だからこそラルフは、この千年誰も成し遂げられなかった偉業を果たす必要があるのだ。
己の夢を四大強国の一角であるエメリア王国に「子供の夢想」と一蹴させず、それを叶える事こそが支配者たちの欲望、望みを叶える最適の方法なのだと確信させるためにこそ。
「再封印術師部隊、準備完了いたしました」
数十人からなる、封印術式に特化した部隊が準備完了を告げる。
「『封印門』開門準備完了。『第八王鍵』起動準備完了」
王より許可を得て貸与されている、ここまで七つを数え、最後の『第八封印門』を開門するために必要な宝具『第八王鍵』に魔力を通し、いつでも『開門』手順に入れる準備が整ったことを技術者部隊が報告する。
「六天魔、配置完了。戦闘機動準備完了」
『無限剣閃』を除いたエメリア王国最強の魔法使い集団『六天魔』
光・闇・地・水・火・風の六属性の魔法に特化した、それぞれの属性の頂点である襲名者たちが、倒しきれないことなど百も承知で、再封印までの時間を稼ぐための戦闘準備が整ったことを宣言する。
ちなみにエメリア王国最強の『職』を集めた『六天聖』は、その戦闘適正が物理、近接に特化されているためあまりにも『門番』との相性が悪く、この場には呼ばれていない。
それは過去千年に何度も失敗した経験から導き出された、最適解なのである。
「第一から第七までの『封印門』、そのすべての再封印完了を現時点で確認」
そして老将軍の副官が、魔物素材で編まれた特殊な糸による合図を経て、自分たちの頭上に遥かに伸びる螺旋階段の果て、地上までに七つ存在しているすべての『封印門』が問題なく再び閉門されたことを確認して報告する。
この場にいる者たちが通過するために『開門』された第一から第七の『封印門』はそれが当然とばかりに通過後再び閉ざされ、万が一最終門――『第八封印門』を閉じることに失敗したとしても、この場にいる者たちだけで犠牲が済むようにしているのだ。
もっとも第一から第七の封印門が存在している空間には魔物が湧出しておらず、それらが『門番』に通用するかどうかを知る者など、現代を生きる人間の中に誰もいるはずもない。
最悪、『第八封印門』を閉じることに失敗した場合、残る第一から第七まで、すべての『封印門』が破られる可能性も完全には否定できない。
そうなればエメリア王国は、一夜にして滅びることになる。
そのあまりの惨劇に、今後人の歴史が続く限りは伝承として語り継がれることにはなるだろうが。
つまりそれほどの冒険を、今からエメリア王国は行おうとしているということだ。
自国の精鋭を一か所に集め、すべての『封印門』を一度開閉するだけでも膨大な魔力が消費され、それだけの金もかかっている。
なによりも最悪の場合、『無限剣閃』を含めた人的戦力の中核その悉くを失いかねないことも承知した上で、それでも攻略の可能性を追求する。
つまり名付迷宮の一つ、『エメリアの巨大地下空間』の最奥には大国にそうさせるだけの「力」が眠っているということなのだろう。
『勇者救世譚』に記されている、邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアの封じられた魔導器官の一つ、『竜眼』だけには止まらず。
だがそんなことはラルフの知ったことではない。
己が夢を叶えるために、必要なのであればその最奥まで攻略してみせるのみだ。
「そちらの準備はよいか? ラルフ・ヴェルナー特務千人隊長」
「いつでもいけます」
よって老将軍の最終確認に、力強く答える。
ソルの『プレイヤー』による支援を受けた今の『無限剣閃』は、遣い手であるラルフ自身をして真の無敵に手をかけていると断言できる。
それを今日、今ここで証明するのだ。
「よろしい……これより『第八封印門』の開門を行う! 『第八王鍵』起動開始!」
ラルフの答えを受けた老将軍が一つ頷き、大音声を以て地獄の蓋を開ける指示を発する。
「『第八王鍵』起動開始!」
「開門開始確認!」
その指示に即座に従った技術班が命令を復唱して『開門』手順を開始。
起動した『第八王鍵』――巨大な魔導宝具が魔力を迸らせて自律浮遊し、『第八封印門』の中心、『鍵穴』を示す魔法陣へとぶっ刺さる。
その結果、巨大な『第八封印門』に膨大量の魔力線が走り、肚の底に響く低音と共にゆっくりと開き始めた。
数秒。
「開門完了を確認。『第八王鍵』、反転起動準備開始――完了。指示あり次第いつでも『閉門』へ移行可能です」
見掛けから想像されるよりはずっと短時間で開き切った『第八封印門』
その先には、一見すればとても地下の空間だとは思えない風景が広がっている。




