第203話 『僑軍孤進』①
深夜。
エメリア王国王都グランメリア。
当然、その中心に存在している王城。
その中でもごく一部の限られた者しか知り得ない地下奥深く。
名付迷宮――大陸四大迷宮とも言われているその1つ、『エメリアの巨大地下空間』への最後の『封印門』が今、再び開かれようとしている。
地下とはいえ迷宮であれば、この程度の空間が存在することは特に珍しいことでもない。
たとえ名もなき迷宮であれども、それが階層主の間であれば、ここに近しい広さの場所もいくつも確認されている。
「……大丈夫なのか、ラルフ・ヴェルナー特務千人隊長」
だが知らぬ者が見れば地下とも思えぬ広大な空間で『封印門』を前に、王立軍の少数精鋭と、それらを統べる老将軍が完全武装で立っている。
厳しい表情で一歩引いた隣に立っているラルフ――現エメリア王国の最大戦力『無限剣閃』に対して、もう何度目になるかわからぬ確認を今また繰り返したところだ。
「外に逃がさないという意味ではこれまでどおりお約束できます。ですが私の新技が『門番』殿に通じるかどうかは、試してみなければわかりませんね」
その質問に答えるラルフの表情も口調も、王立学院内や放課後、休日にソルたちに見せる学生、先輩、生徒会長としてのそれとは、まるで違った厳しいものだ。
いや表情よりも、その出で立ちこそが最も違っているだろう。
エメリア王国の国家色彩である純白を基に黄金と蒼を配された軍装は、身に着けている者がエメリア王立軍に属する者であることを見る者に一目で理解させる。
だがその豪奢さは王族の出陣衣だと言われても信じられるほどのものであり、事実、ラルフの斜め前に立つ「将軍位」にある老将のそれを明らかに凌駕している。
そんな格好をまだ15歳に過ぎないラルフがしているのだ、本来であれば違和感の方が強いはずである。
だがラルフ自身が身に纏う風格がその違和感を完全に消し去っており、威風堂々という言葉の具現であるかのように静かに佇んでいる。
一言でいえば「似あっている」のだ。
実力を伴っている者に、歳など関係ないということの証左と言えるだろう。
今この場に集っている王立軍の精鋭たちが、常ならぬ冷や汗を大量にかきながらもなんとか平静を保っていられるのは、完全武装した『無限剣閃』が共にいてくれているおかげだと言ってもまるで過言ではない。
つまりこの場所は、それだけの死地なのだ。
その剣も鎧も兜も、長外套に至るまでのすべてが国宝の魔導武装であり、現エメリア王の許可を得てラルフへ貸与されているものである。
『禁忌領域』にまではさすがに手を出せないが、そこらの魔物支配領域の領域主程度であれば、単独での攻略を可能にするほどの強力なものばかりだ。
特に鎧と長外套が特殊であり、人が今なお解明できていない魔物特有である不可視の障壁――『H.P』を宿している神器級魔導武装なのである。
その数値は合計してもたかだか100をいくつか超える程度にすぎないが、この装備が在るからこそエメリア王国は『封印門』――その先に構えている階層主級の魔物、通称『門番』に何度も挑む気にもなれるのだ。
だがそれとてもよく持って3撃か4撃。
それを超えればどれほど強力な能力者であろうが、人である以上あっさり潰される。
事実、この千年で何人ものA級冒険者、それに比肩する軍属の能力者たちが『門番』を退けんと挑んではその度に失敗し、甚大な被害を生じさせては『封印門』をなんとか再び閉じて終わるという醜態を繰り返してきている。
装備者が死ねばなぜか発見された宝物庫に転移するという、他国には秘されているとんでもない国宝の能力。
それがなければ、とっくの昔にエメリア王国は自身の王城の地下にあるこの名付迷宮を攻略することなど諦めていただろう。
あるいは王国を無謀な賭けに誘う、呪われた宝具なのかもしれないが。
だが現代。
この千年で初めて『門番』に挑んで倒せぬまでも生き残るばかりか、一切の被害を出さずに二度までも再封印に成功している『無限剣閃』が顕れたのだ。
一度目、二度目は無限にも思える剣閃をいくら叩き込んでも倒しきれぬと見たラルフが『封印門』を閉じることを即座に指示し、『門番』が『零式』による被弾硬直で動けない間に、被害を発生させることなく『再封印』に成功したというわけだ。
「そうか……いや、そうだな。つまらぬこと何度も聞いてすまぬ。そちらの準備はどうなっておる?」
老将軍は聞きようによっては心許ないとも取れるラルフの返事に激昂することもなく詫びを入れ、『開門』へ向けての準備を進めている精鋭たちに進捗状況を確認する。




