第201話 『初報酬の使い方』④
今後、今夜買うものの数十倍、数百倍の商品を買っても贈っても、今夜ほど贈る側も贈られる側も心が動くことはなくなるかもしれないのだ。
いや贈って喜んで欲しい、贈ってくれて嬉しいという思いはもちろんある。
だがそこには強がりやいいかっこしいではなく、それが「いくらしたのか」はあまり関係なくなってしまうのだ。
その贈り物に「自分はその想いが故にとんでもないことをしている」という感覚を持てなくなってしまうのは、富める者ゆえに失ってしまう、心の動きとしてはその最たるものなのかもしれない。
「贈り物の価値は値段なんかじゃないよ」と嘯きつつ、それでも自分で出せる限界ぎりぎりを攻めている頃が一番幸せだったりするものなのだ。
だからこそ今夜、ソルがリィンになにかを贈った事実は今後、2人にとってかけがえのない記憶となる。
あるいはそれをわかっているからこそ、ラルフは1年生たちに今夜ここでの買い物をすることを勧めたのかもしれない。
「え、悪いよそんなの。私だってお金、持ってる……んだよね?」
「それはまあたぶん……その実験も兼ねて、僕のカードで試してみようよ。今日はリィンとジュリアにはすごく負担をかけたってのもあるしさ」
漠然としか将来自分たちがなってしまうだろう状況をわかっていないソルにしてみれば、自分の夢に巻き込んだ結果今日、他人の命を背負わせるというとんでもない負担を強いてしまったリィンに、なにかお礼がしたいという想いの方が自分自身でも納得がいく。
その想いはもちろんジュリアに対してもあるのだが、幼い頃に見惚れるだけだったリィンに自分がなにか贈り物ができて、それに喜んでくれるリィンを見られるのはソルにとってもとても嬉しいのだ。
ジュリアにも後日、なにか贈れば赦されると信じたい。
間違っても本人は隠せているつもりの可愛いもの系――例えば1軒目の猫系アイテムのような――を贈ってはいけないことくらいはソルも理解している。
いかにも大人っぽい、香水あたりが無難なところか。
本当に喜んでもらおうと思うのであれば、最初のテレ隠しを受難してでも、ソルが本当に可愛いと思ったなにかを贈るべきなのだが、そのあたりの機微を今のソルに理解しろと言う方が無理だろう。
「え、うん……ありがと」
リィンとしても「ソルに贈ってもらう」ことの理論武装さえ整っているのであれば、それはもう無茶苦茶に嬉しいのであっさり受け入れる。
まだ子供とはいえ、「好き」が絡んだ男と女とはかくもややこしく、単純なのだ。
だが了承した後でその金額を思い出し、動揺してしまったリィンだが時すでに遅し。
ソルがあっさり店員さんに「これをください」と伝えてしまい、とびきりの笑顔で「畏まりました」と答えて受け取って行ってしまった。
ソルにしてみれば、リィンがどのアクセサリーを気に入っていたのかは一目瞭然だった。
一見すると青みがかった透明度の高いイヤリングにすぎないが、光を通せば透明度の違いなのか、なんともいえない微妙な光の揺らぎを見せるのだ。
カッティングもされていない丸みを帯びたデザインも併せて、その方面にはまるで疎いソルすらも素直に「綺麗だな」と思っていたので、リィンが気に入るのもよくわかる。
「あっさり買えたね」
「うん……ソル君、ありがとう」
ソルの言うとおり、店員さんは受け取ったクリスタル・ガラスのイヤリングを店の奥で綺麗に磨き、専用の箱と持ち帰るための手提げ袋、それに支払いに必要な書類を持ってあっという間に戻ってきていた。
そこでソルが自分のカードを出すと、その色にわかりやすくぎょっとしている。
聞けば軍人様でも冒険者様でも、ブラックと言うのはかなりの上位者しか持つことのできないカードであり、軍人さんでいえば将官級と認識されているらしい。
つまりラルフは軍内部において階級こそ佐官級だが、扱いにおいてはすでに将官級ということだ。
その恩恵にあずかって、ラルフ率いる特殊実験部隊のメンバーには同じブラック・カードが支給されたということだろう。
そこからはもう、至れり尽くせりという言葉を実現すればこうなるという見本のようだった。
店にしてみれば軍の将官級のお客様なのだ、無理もあるまい。
ソルとリィンから見れば、その専用ケースと手提げ袋代だけでロス村の夜店で売られていたものならどれでも買えそうな豪華なものだったが、商品を受け取る時点でリィンはここで着けていくかどうかを確認されることになった。
その際「お嬢様」と呼ばれたことに、ソルだけではなくリィン本人も噴き出すことを我慢するのにかなりの労力が必要だったことは、間違いなく店員にもバレている。




