第197話 『火樹銀花』⑥
つまり酒や薬物、女の身体にさっさと慣れさせて、そんなもの程度に溺れることが無いようにするためだ。
多額の報酬も併せて、なんなら上層部が率先してそういうことを覚えさせようとさえする。
そうすることによってそれらに執着する必要などなく、望めばいつでもどうにでもなる程度のものだという価値観を植え付けるのだ。
なんとなればそれだけで他国の間諜による、過度な接待やハニー・トラップなどにより篭絡される可能性は著しく低下するからだ。
今の立場でも息をするように当然できることに過ぎなければ、そのためにわざわざ今の陣営を裏切る理由にはなり得ない。
だからこそ国家権力、世界組織というものは自分たちが有用と見做した人材に対して、自分たちが可能な限りの「優遇」という特権を与えて、心地よい鎖とするのだ。
余談だがゆえにこそ、各国の諜報機関におけるハニトラ専用要員は、高級娼館でもお目にかかれないような美男、美女が揃えられていたりする。
そして小手先ではなく狙った相手に心から惚れるように仕込まれつつ大切に育てられ、経済的にも承認欲求的にも満たされている攻略対象をして、「なにを犠牲にしてでも」守るべき相手になりおおせるのだ。
だからこそ皮肉も込めて、「大国に引き抜かれるような能力者が最も愚かで幸せだ」などと言われたりもしている。
確かにそれがどんな形での出会いであれ、何者かに用意されたものであれ、心から「こいつと笑って暮らせさえできるのなら、後はもうどうでもいい」と思えるのでであれば、それを「幸せ」と呼んでもあながち間違いだと切り捨てることもできないだろう。
要は今、ルディたちは『無限剣閃』のおこぼれという形ではあれ、国家からそのように扱うべき対象だとみなされたということなのである。
「っ――!?」
そのことを理解したルディが、驚きとともに歓喜を覚える。
金銭的な充足は貴族に生まれた瞬間からほぼ満たされているルディにとって、己が力を以て国家という貴族を貴族たらしめている巨大組織に認められるという充足感は何物にも代えがたいのだ。
しかもそのきっかけが、どうあれ敬愛している『無限剣閃』に自分が数に数えられていたという事実が大きい。
そうでなければソルという切っ掛けがあったとしても、この場に自分がいられることはなかっただろうからだ。
だがそれは傍から見ていれば14歳でも酒、煙草、ギャンブル、薬物、女を買える立場である事を理解したが故に浮かべた、喜びの表情とみえなくもない。
「ルディ?」
「いや、別にそういうつもりは! ホントだ、ホントだってユディト。ユディト!?」
事実そうみたユディトに半目を向けられ、慌ててルディが弁解を試みている。
この2人がお互い明確にはしていないもののそうだということは、生徒会役員たちの間では暗黙の了解となっている。
「後輩たちの前でイチャつかないでくれます~?」
外面だけであればユディトよりもずっと異性受けが良さそうに見えて、浮いた話の1つもないリズが実は笑っていない笑顔で、じゃれあう2人に釘をぶっさしている。
「お酒はわかるけど、その手のお店ってなんだろう? ソル君、わかる?」
「さあ?」
純真無垢なリィンと、迷宮・魔物支配領域攻略バカのソルには「その手のお店」などと言われてもわからないし、先輩たちのやり取りがどういう意味なのかも分からない。
「…………」
ある程度理解できたジュリアと、ソルよりは男なマークとアランが、どういう顔をしていいのかわからずに沈黙を守っている。
女の子として「やーね」と思っているジュリアとは違い、マークとアランは酒や煙草、薬やギャンブルはともかく、ここに来るまでやこの店内で見たおねえさんたちを、その気になれば自分たちでも買えるのだという事実にちょっと鼻血が出そうになっている。
13歳の健全な男の子である以上、その方が自然な反応というべきだろう。
「ま、とりあえず食おう。今日はなんにもしていない俺が言うのもなんだが、腹減ったよ」
わりとカオスなその状況を見て破顔一笑したラルフの言葉に合わせるように、扉が開いて豪勢な料理が次々と部屋に運び込まれてくる。
もちろん運んできたのは露出過多な美人のお姉さんたちなので、マークとアランは半分ぐらい料理の味がわからなくなってしまったのだが。




