第192話 『火樹銀花』①
ラルフが手配していた軍の専門部隊に倒した魔導人形の処理はすべて任せ、すでにソルたち9人は王都へと帰還している。
だがまっすぐに王立学院の寮へ戻ることはせず、ラルフが帰還前に口にした「ぱーっと」とやらを実行するべく、王都正大門から王城までを貫く中央大通りから少し外れた位置にある繁華街――通称『夜街』の門をくぐったところだ。
ソルたちが――というよりも正確にはラルフが軍部を通して王家から賜った専用迷宮がいかに王都の至近距離にあるとはいえさすがに日は落ちているが、人の手による無数の篝火が歓楽街に夜の帳が下りることを拒絶している。
夜であるからこその人工の明るさ、人の知恵によって夜闇を払拭した『夜街』の人出は多く、まだまだ夜はこれからといった風情である。
自然ではない、自らが生み出した燈火に照らしだされている状況は、思いのほか人々に安心感を与えるものなのかもしれない。
「あの、会長……学生である私たちが、『夜街』になんて入っていいのですか?」
エメリア王国王都マグナメリアの『夜街』とは、いわゆる公許遊郭である。
王都の風紀、治安維持を蔑ろにできるはずもない王政府と、巨大都市である以上、禁止などできようはずもない「原初の商売」を行う者たちの望みが合致した結果生まれた、王都内でありながらも他から隔絶された結界地なのだ。
とはいえ入場確認はそう厳しいものではなく、すでに王都の城門内に入ることを赦されているものであれば基本フリーパスだ。
ただしさすがに年齢制限はかけられているので、18歳未満とみられる者についてはなんらかの身分証の提示を入場門で求められる。
つまりラルフも含めたソルたち全員が、本来は「入る事まかりならぬ」と国から定められている場所なのである。
「入れただろ」
よってルディの確認はもっともなものなのだが、ラルフの返事はにべもない。
事実ラルフは身分証の提示すらしておらず、ルディたちはともかく誰が見てもまだ子供であるソルたち5人もなんのお咎めも受けずに通門を許されている。
「そ、それはそうなのですが……」
ルディは真面目だがもちろんバカではない。
バカには王立学院生徒会の副会長など務まるはずもないので当然だ。
フェリシア教諭のやらかしにより、ソルたちだけではなくルディら現生徒会役員たちにも、迷宮へ向かう前にラルフの本当の身分――軍属であることを明かしている。
しかもすでにして千人隊長――佐官級の階級を得ているともなれば、年齢など関係なく『夜街』へ入ることくらいは雑作もないことくらいは理解できる。
いやラルフのみならず、自分たちも含めた全員の「今の本当の身分」であれば、それは同じだろうことくらいは推察できているのだ。
だがいかに優秀で貴族出身とはいえ、13歳で全寮制である王立学院に入学して以降、真面目に暮らしていた14歳の身では、知識としてしか『夜街』を知らないこともまた当然だ。
つまり公許遊郭としてしか認識できておらず、そんな場所へ自分も含めた子供ばかり、しかも女の子4人まで含めて連れてきたラルフの考えが理解できなくて、そこに動揺しているのである。
知識だけとはいえ、女性向けのその手の店がある事も知ってはいる。
だからこそそんなところへ女の子たちを、特にユディトを連れていかれてはたまったものではないという本音もあるのだ。
「あ! ち、違うぞ? 『夜街』には旨い店が多いからであってだな!?」
「そ、そうなのですか!?」
ルディの誤解と、それに基づく心配を理解したラルフが珍しく動揺を見せた。
確かに『夜街』は公許遊郭として始まったが、長い歴史を重ねるうちにそれだけではない独自の進化を遂げた、特殊な商業区画へと進化しているのだ。
今では各種商業ギルドに縛られない独特な店が膨大な利益を上げる遊郭の資金力を背景に発展し、外の最高級店をすら凌ぐほどの料理店や、一風変わった商品を扱う雑多な店々が軒を連ねるようになっている。
ラルフとしては入場チェックによる他国の間諜対策のおかげで、ある意味においては楽な場所でもあり、いくら金を持っていても外では体験できない店にソルたちを連れて行こうという意図しかなかったのだ。
だがルディの反応は一般的には至極真っ当なものであり、ラルフの方が2年間の軍属活動で常識が麻痺してしまっていると言った方が正しいだろう。
慌てるラルフの反応に、自分の想像を見透かされたことを悟ったルディも赤面している。
お貴族様よりも『夜街』に詳しい大商会の娘は、その二人のやり取りに半目を向けており、逆に知識がソルたちとそう変わらない地方領主の娘はきょとんとしている。




