第191話 『アライアンス』⑦
「よっし想定通り! これならラルフさんがいれば、全員のレベルを一気に引き上げることができるぞ」
だがそんな畏敬の念を以て見つめられているソルは、屈託のない子供のような表情で快哉を挙げている。
ソルにしか見えない表示枠で、魔導人形を倒したことによる『経験値』――レベルを上げるために必要な特殊な魔力の蓄積を数値化したもの――が最初に『零式』を一発当てただけのラルフも含めて、全員に付与されていることが確認できたことがその理由である。
接敵した魔物に対する敵対行動を行った者には経験値が入る事、『プレイヤー』たるソル自身は例外として常に経験値が入ることはすでに確認できていた。
自分とジュリア、つまり直接魔物に痛痒を与えない者にも経験値が入ることから、魔物に対して不利益な行動をとることが経験値入手のトリガーである事はまず間違いない。
だが『プレイヤー』が掌握する1stパーティーと2ndパーティーが同盟を組んで戦った場合、その双方の全員へ経験値が入るかどうかは不明だったのだ。
それが問題なく入るとなればラルフの『無限剣閃』による、いわゆる『パワーレベリング』が可能という事であり、現時点では突出しているラルフのレベルまで、全員を引っ張り上げることができる。
それはソルの夢を叶えるために、最も理想的なスタートを切れるということと同義なのだ。
「こっちはこっちで、なんだかとんでもないこと言っているぞ」
さすがのラルフもソルの言っている意味が理解できない。
長年の経験則の積み上げにより、魔物を倒すことによって強くなれるパーティーメンバー数の上限は6人とされている。
複数のパーティーで1体の魔物を倒した場合、どちらかにしか強化の恩恵が得られないことは能力者――冒険者や軍属の者にとっては常識だ。
正確に知る手段はなくとも千年に渡る試行錯誤の積み上げの上で導き出された、限りなく精度の高い推測。
それこそソルたちは王立学院において、最初の座学で習うことになる一つである。
それは別に誤ったまま定着した正しくない知識というわけではない。
その大原則をソルの『プレイヤー』が持つ『同盟』が覆しているというだけだ。
だがそんなことを、普通の能力者たちがすぐに理解できるはずもない。
「会長、ソルのそういうのはいつもの事ッスよ」
「私たちが「普通」と思っていたことが、そうじゃないことが理解できました」
とはいえ実際、半人前の集団で魔導人形を撃破してのけたソルの言うことを疑うこともできない。
マークとアランという幼馴染2人は、ソルが興奮気味にわけのわからないことを言いだした場合、それが本当の事だったと後日になって理解できることをすでに経験則として知っている。
ソルが落ち着いて言語化できるまで待つか、実際の効果として自分で理解できるようになるかのどちらかなのだ。
アランはまたマークとは違い、ソルと一緒に戦うことが「普通」だと思ってしまっていた自分の考えを修正しているらしい。
「まーしかし、最低でもB級冒険者パーティーが必要と見なされていたここの階層主を完封とはね。まさか俺の出番がないとは思ってなかったよ」
改めてラルフがソルに話しかける。
そのソルは自分の目論見通りだったことを確認して喜んだ後は、へたり込んでしまっているリィンとジュリアを気遣っている。
幼馴染たちだけではなく、生徒会役員たちも含めた『盾役』と『回復役』――要はソルの指揮の中核を担うことは、まだ13歳に過ぎない女の子2人には重荷が過ぎたのだ。
例え『無限剣閃』が緊急安全装置役を担ってくれているとはいえ、それは変わらない。
だがそれを理解し、気遣えるということはただの朴念仁ではないのだなと、ラルフはソルに対する男の子としての評価を少々上方修正している。
逆に言えば彼女らが受ける重圧を理解できていながら、彼女らに自分の期待に応えることを強いる鬼とも言えるのだが。
「確かに普通の迷宮でいえば地下3階の階層主くらいの強さですけど、B級冒険者って5階層以上潜れるんですよね? C級冒険者でも充分狩れたと思いますよ」
「……普通は初見じゃ無理だよ、ソル君」
しかも自分の指揮能力をごく当たり前のこととして、今回の撃破をそう大したことがないないものだと素で判断している。
それを耳にした生徒会メンバーが浮かべている、今までラルフが見たこともない表情はおかしいが、さすがに捨て置くには危険だと判断したラルフがもっともな突っ込みを入れた。
そもそも今倒した魔導人形は、湧出から最低でも数百年は経過している強化個体なのだ。
「……ですよね」
ん? という表情をしているソルには頭が痛いが、同意を示してくれた『盾役』と、歳に似合わぬ色っぽさを漂わせた『回復役』の苦笑いを見る限り、幼馴染たちと組んでいる以上まあそこまで心配することもないかと思いなおす。
『無限剣閃』が誘っても揺るがなかったソルが、ロス村の幼馴染たち以外と今回のようなイレギュラー以外でパーティーを組むとは考えにくいのだから。
「さて、今日のところはこれで撤収だね。明日も休みだし王都に帰ってぱーっとやろうか」
そう言ってラルフが今日の撤退を宣言する。
たった1体とは言え階層主、それも湧出から数百年を閲した魔導人形という希少個体を倒したのだ。
初日の戦果としては上々どころの騒ぎではない。
経験や成長とはまた違う、それが意味する経済的な価値が如何ほどのものなのか、ソルも含めた全員がそれを知り、目を剥くことになるのは王都に帰還してすぐの事となる。
ラルフの言う「ぱーっと」の内容は、学生や田舎から出て来たばかりの子供の想像を遥かに凌駕しているものである。
だがそんな豪遊に必要な対価を「端金」と言えるようになる、今日自分たちが倒した魔導人形で得られる報酬をきっちり9等分した場合に得られる金貨の枚数。
それを知って、全員が絶句することになるのだ。
貴族や大商会、大領主の子女である生徒会役員たちであっても、それは例外ではなかった。




