第190話 『アライアンス』⑥
「すっごい……」
弓使いであるリズは、今まで経験したことのない対階層主戦闘を自分たちが完封してのけたことに素で茫然としている。
「盾役と回復役……素敵です」
意外なことにクール・ビューティーと見なされているユディトは、戦闘終了と同時にへたり込んでしまっている『盾役』と『回復役』を熱のこもった瞳で見つめながら、頬を染めている。
ソルの指揮は別次元のものと置いておくとして、今の戦闘の機能的な要がその2人であることを理解できているがゆえの感嘆である。
もちろん不安も恐怖もあった。
それでもユディトが『双剣士』という職を授かってから今まで、先の戦闘のように自分の能力を十全に機能させた経験など1度たりともなかったのだ。
接敵した魔物に自らの『技』を当てた結果、敵意を取って狙われる。
他のパーティーメンバーへ魔物の敵意が移るまでは、その攻撃を全力で回避する。
その繰り返しで魔物が倒れるまで攻撃を喰らわなければ、ユディト個人の勝利ではある。
だが今までは10回も戦闘をすれば、1度は魔物の攻撃を喰らってしまうパーティーメンバーが生まれていた。
それでも未だ王立学院生であり、最弱級の魔物を訓練相手としているだけに、さすがに死者が出ることは滅多にない。
とはいえ通常攻撃とはいえかなりの怪我を負うことは避けられないし、運悪く特殊技の直撃を喰らってしまった場合は、訓練とはいえども死に至ることもある。
魔物と戦うということは、自分もそうなる覚悟をした上でなければ務まらない。
たとえ学びの過程とはいえ、その過酷さが低減されることなどありはしないのだ。
「これがラルフ会長をして、単独攻略を放棄させた能力ですか……」
リズとユディトの感嘆している理由を、ルディも当然理解している。
『盾役』が十全に機能し、『回復役』が支援と万が一の回復に備えてくれているだけで、対魔物戦闘はここまで洗練され、美しいと表現できる域へまで昇華するのだ。
物理もしくは魔法。
あるいは近接ないしは遠距離。
それらを問わず、自分の『能力』を完全に機能させることがこれだけ達成感を――いや言葉を飾らないのであればただ単純に「気持ちいい」とは知らなかったのだ。
それはなにも、安全を保障された上でのべつまくなしに魔法や技をぶっぱなし続けられるということを意味しない。
それどころか戦闘で経過した時間だけでいえば通常よりも相当長くかかっているのは事実であるし、技や魔法の発動は指揮官の指示に従い、全力斉射とは程遠い。
それも当然、通常の戦闘であれば初撃を一斉に叩き込んで以降、再使用可能待機時間が終われば即発動させるのが今までの定石だったのだ。
先の戦闘のようにソルの指令に従い、タイミングをはかったり貯めたり、ましてや通常攻撃を当て続けるなどという、一見無駄にしか見えないことなど普通は絶対にやらない。
敵意を向けられた者が回避に専念している間に別の仲間が魔法か技を当て、敵意を引き継ぐ。
その繰り返しが倒せるまで続くのだ。
それと比べれば先の戦闘は開始から討伐完了まで、戦いのすべてを自分たちが支配していると言っても過言ではないだろう。
『盾役』が敵の敵意をしっかりと固定し、『回復役』がそれを崩れないように適時『回復』を行使する。
『攻撃役』は必要以上に敵意を稼いでしまわないように通常攻撃も交えて敵を削ってゆき、敵の大技行使を契機に技後硬直と被弾硬直を活かして一気に削り、終盤の『暴れ』そのものを発生させる間もなく倒しきる。
スポーツでいえば個々の能力では劣れど連携を駆使して、個人技頼りの格上集団を完封してのけたようなものといえる。
その中核となった戦力が、ユディトが見惚れるとおり『盾役』と『回復役』であったことは間違いない。
だがその指揮を完璧にこなして見せたソルこそが最も規格外なのだと、ルディはきちんと気が付いているのだ。
そもそも対魔物との戦闘で、役割分担をするという発想すらルディは持ったことなどなかった。
もちろん知識としてはルディも技後硬直、発動待機時間、再使用可能待機時間、被弾硬直が存在していることなど知っている。
だがそれを実戦に取り入れて戦術を組み上げ、それを完璧な指示のもと実現できるとなれば、ソルの能力の有効性は「攻撃力」だの「防御力」だの「回復力」だので語れる範疇では無くなる。
ソル個人は先の戦闘において、魔導人形に対して一切の痛痒を与えてなどいない。
だがソル抜きで同じことがルディたちにできるかと言えば、絶対に不可能だと断言できる。
『盾役』と『回復役』がいてくれてたとしても、その能力を十全に発揮できる指揮をとれる者などいないからだ。
烏合の衆とて、王を戴けば強兵へと化ける。
まだ尻の殻すら取れていない王立学院生が、高脅威階層主を完封してのけるほどまでに。
それを理解して愕然としているルディに、ラルフは苦笑いで肩を竦めてみせる。
それは「さもありなん」半分、「ソル君の本当の力はこんなものでは済まないんだよ」というのが半分と言ったところだろう。
そのラルフが「ソルの真の力」と見做しているものですら、実は本質ではないあたりがソルの最も規格外なところなのであるが。




