第188話 『アライアンス』④
それは新1年生と2年生のレベル差及び、物理と魔法の与ダメージ差とそれに伴う敵意上昇値、発動待機時間と技後硬直、その後の再使用可能待機時間に至るまで。
それらすべてを把握した上で出した答えであり、こと対魔物戦闘においてソルの頭の回転速度は常軌を逸していると言っていいだろう。
いかに敵である魔導人形と全パーティーメンバーの詳細情報が常にソルの視界にだけ浮かぶ表示枠に示されているとはいえ、情報の処理と判断が速いだけではなく正確が過ぎる。
こういう時のソルの様子を正直怖いとも思っているリィンだが、反面やたら動悸が激しくなるのも同じソルを目にしている時だ。
それが恐怖だけが理由でないことを、リィンはもう自分で理解している。
「ジュリア、リィンにすぐ『回復』を! それが済み次第『身体強化』をもう一度頼む!」
「りょーかい」
盾役の基本技『盾受』で魔導人形の物理的猛攻を全て受け流し、完璧にいなしているように見えるリィンだが、盾プラス『盾受』越しとはいえ、攻撃を当てられていることには変わりはない。
本来人には纏えぬ『H.P』が無ければ、盾本来の物理防御力と防御系の技である『盾受』で魔導人形の攻撃力を9割以上軽減出来ていたとしても、盾を持つ腕は圧し折れ、即死はしないまでも、とてもではないが戦闘継続など不可能になっているはずだ。
だからこそ、一般の冒険者パーティーに『盾役』など存在しない――できないのだ。
つまり一撃を受け流すその度にリィンのH.Pはきっちり削られている。
それを把握しているソルが、万が一直撃を受けてもリィンのH.Pが0を下回ることが無いように、ジュリアへ『回復』の指示を飛ばしたのである。
怪我どころか魔力量によっては欠損すら治してしまう『治癒』と、失われたH.Pを回復することに特化された『回復』がまったく別の魔法であることは当然だ。
だがH.Pという存在そのものを知らない者にとって、その違いなどわかりはしない。
回復をかけるジュリアも、それを頻繁に受けているリィンですらもそこに例外はない。
とはいえ魔導人形の攻撃を完封しているようにしか見えないリィンに対して、なぜこのタイミングでソルが『回復役』に指示を飛ばしたのかに疑問を覚えられる者は誰もいない。
ただ一人、ラルフを除いて。
他のパーティーメンバーたちはたとえ2年生であれども、初めての迷宮での階層主戦による高揚と恐怖をなんとか制御し、ソルの指示に従う事で手一杯なのだ。
ソルは『回復』の指示と同時に、戦闘開始時ジュリアによってかけられた強化魔法の効果時間がそろそろ切れることも把握し、現状の戦闘機動を維持するために累掛けを指示している。
ぎりぎりでの戦闘機動中に、突然思ったとおりの動きができなくなるのは致命となるのも当然であり、支援強化系魔法を切らさないようにすることもまた重要なのだ。
「リィン、大技が来る! これは範囲攻撃です! マークとユディト先輩は5メートル以上離れてください!」
まだ敵意は『盾役』に向いたままだが、連続で発動された魔法、技の連撃によって喰らった痛痒――削られたH.Pと引き換えに上昇したゲージを消費して、魔導人形が自身の特殊技を起動、発動待機時間に入らんとするその直前。
それを表示枠で把握しているソルが、まずは『盾役』にその事実を伝え、至近距離で自身の最大技の発動に備えているマークとユディトに距離を取るように指示を飛ばした。
魔導人形の全身から無数の光線が放射状に発射され、それが敵意を取っている敵に集中放射されるというのが、表示枠でソルが得た大技の内容だ。
ある程度の敵意のばらつきであれば周囲の敵全てに向かって誘導性を持った光線が放たれるのだが、今はリィンが頭一つ抜けた敵意を取っているのですべての光線はリィンに集中する。
だが至近距離にいた場合、最初の放射状に放たれた時点で喰らう可能性が高いので、マークとユディトには一時的に距離を取るように指示をしたのだ。
マークとユディトは目線を敵から切らさぬまま、無言で即座に飛びのいている。
ソルの言葉の直後に動きを止めた魔導人形に対してリィンも一定の距離を取り、右膝をついて腰を落とし、巨大な盾をその方向へ掲げる姿勢を取っている。
ずんぐりとした魔導人形の巨躯に魔導光が満ちてゆく。
「リィン、『反射魔導盾』展開準備! 3……2……1……今!」
「『反射魔導盾』展開!」
その様子を目視と表示枠の双方で確認しながら、リィンに魔導人形の大技を凌ぐための技の発動とそのタイミングを指示するソル。
動きを止めた魔導人形のシルエットが自身の発する魔導光で判然としなくなった瞬間、ソルの指示に従ってリィンが『反射魔導盾』を展開する。
リィンが構えた巨大な盾を中核にして魔法陣が展開され、それに沿って魔力で形成された澄んだ蒼色をした半透明の巨大化された同じデザインの光の盾が現出する。
この攻防一体の技は名前の通り、一定時間その魔力の盾で受けた攻撃の50%を発動対象へと弾き返す効果を持つ。
だがほぼ即時に発動可能な半面、その展開される時間は極短いため、魔物の特殊技に合わせるのは高難易度――至難の業と言っても過言ではない。
それこそソルの『プレイヤー』による敵の行動掌握ができていなければ、初見どころか戦い慣れた魔物相手であってもドンピシャで重ねるのはほぼ不可能と言っていいだろう。
タイミングがずれた結果、間抜けにも『反射魔導盾』が発動を終えた瞬間に魔物の特殊攻撃を叩き込まれた日には目も当てられないのだから。




