第181話 『仰望』④
「すげえ」だの、「信じらんねえ」だのの中に、女生徒たちの「素敵……」などという感嘆も混ざって、あっという間に教室は元の騒がしさを取り戻している。
フェリシア教諭もあえてそれをとどめようとはしていない。
ほぼ同じタイミングで王立学院全ての教室で同じ情報が伝えられたため、校舎中が似たような喧騒に包まれてしまっているので無理もない。
差と言えば1年生は「信じられねぇ!」系の騒ぎであり、2,3年生は「やっぱりかよ!」系の騒ぎであることくらいだろう。
なによりも正体不明の「敵」が王立学院内に潜んでいるかもしれないという不安が、昨夜程度の事であれば起こしてもおかしくない『無限剣閃』の仕業、それも「新技実験」というおまけつきであったがために安堵に変じたことが大きい。
一目みて恐れを抱いてしまうほどの破壊力は同じでも、それが敵のやったものなのか、味方がやったものなのかで、人々の得る感情がまるで違ったものになるのは当然だろう。
無邪気に級友たちと同じように興奮しているマークとアランと違い、ジュリアは天を仰ぎ、リィンはそわそわちらちらと肘をついて、黙して語らぬソルを気遣わし気に見ている。
音に聞こえた『無限剣閃』とソルが組んでの事となれば、リィンとジュリアにとって昨夜の事件程度であれば特に不思議でもなんでもない。
そんなことは自分自身に与えられた力との相乗効果で、すでに嫌というほど理解している。
ソルの能力は自らが力を与えた力に拘らなくとも、元々とんでもない力を持った能力者と組んだ方がより大きな効果を発揮するのは自明なのだ。
リィンはジュリアが口にした「ソルの力は乗算でいえば右側の数値みたいなものよね。とんでもない桁の」という喩えが最もしっくりくると思っている。
そんなソルが、同じくとんでもない桁の左側――王国一とも名高い能力者――とさっそく絡んでおり、自身の夢を叶えるためにはそっちと組んだ方がいいと判断されていないかどうかの方が、リアルに心配になっているのだ。
「はい、というわけで今日は出席も取らなくてもいいですから解散です。中庭及びそこに面した校舎はすべて復旧作業に入りますから立ち入り禁止です。ではまた来週」
みなの興奮がある程度落ちくのを待ってから、フェリシア教諭がそう宣言する。
通常では王立学院の教室は授業が終わっても解放されており、出入りは自由とされているが今日は立ち入り禁止が宣言されている。
となれば各々自分の部屋でのんびり過ごすか、通常であれば申請した上での許可が必要な外出が可能となれば、先立つものを持っている生徒であれば王都へ出て羽を伸ばすかだ。
残念ながらロス村から出て来たばかりのソルたちは、王都などという物価がロス村とは比べ物にならない都会で、楽しく遊べるだけの金を持っているはずもない。
もっとも子供5人が4日間豪遊してもお釣りがくるほどの資産は、既にラルフがソル名義で昨日の魔物を換金した結果手に入れてはいるのだが、ソル自身がそれをまだ知らないので使いようもない。
とはいえロス村では想像もできなかった「お洒落な料理、飲み物、お菓子」が無料で好きなだけ食べられる食堂はソルたちにとってはまだまだ魅力的であり、時間を潰すのであればそこ1択となる。
良家出身の子女方には「ハシタナイ」だの「イヤシイ」だの言われがちだが、冒険者科所属の生徒は平民どころか貧しい農村出身者も多いので、いちいちそんなことでマウントを取ってくる方が少数派である。
それに2,3年生になれば実力、成果主義が顕著になってくるので、食堂が無償だのなんだのを気にする生徒などほとんどいなくなる。
なによりも圧倒的な実力者である『無限剣閃』が北方辺境出身であり、食堂での無償の食事を今なお楽しんでいるので、明確に態度にだせる者などほとんどいないのだ。
「じゃー、アラン、ソル。食堂行って駄弁ろうぜ」
「そうですね。訓練所は先輩方でいっぱいでしょうし、使い方もわからぬ私たちが行っても今はまだ迷惑をかけるだけになりそうですしね」
「私たちも行くー。よね?」
「う、うん」
「ありゃ? ジュリアとリィンは朝風呂―とか言い出すかと思ってた」
「マーク。女性にそういうことを言うのは流石にどうかと思いますよ。私たちももう王立学院に入学したのですから、最低限の礼節は身に付けるように努力しないと……」
「賢いアランはお堅いですなあ。なあソル」
「ははは」
案の定、この中では1番食い意地が張っているマークが食堂行きを提案し、他の幼馴染3人もそれに異論はないようだ。
アランは別にタテマエではなく訓練場の使い方がわかっているのであれば、魔力が尽きるまで訓練をしたいとも思っているが、食堂のスープの魅力を否定する気もない。
セクハラもどきを受けている女性陣も通常であればマークのいう通りの行動をとるのであろうが、今回はソルにいろいろと確認することを優先するつもりらしい。
そんなリィンとジュリアの様子から「感付かれている」ことを察したソルの表情はいよいよ冴えない。
昨夜はわりとすぐに意識を取り戻したラルフに「とりあえず寮の部屋へ戻ってくれ」と言われて素直に従ったので、なにをどこまで話していいやらわからないのだ。
その際、この中庭がこうなったのは「ラルフの新技実験の為」としてくれと言ったのはソルの方ではあるのだが。
「どしたんだよソル。さっきからなんか変だぞ?」
「ほんとうに大丈夫なのですか?」
さすがにマークとアランも本格的にソルの様子がおかしいことに気付いた。
だがその様子はなにかを疑うというよりも、純粋に心配している者のそれだ。
アランも自身の脳内の知識からこんな様子になる病気を探しつつ、元気のないソルを気遣わし気にしている。
女性陣に比べて鈍い反面、ソルを純粋に心配する朴訥さという点では男友達の方が勝っていると言えるかもしれない。




