第178話 『仰望』①
朝一からソルたちの所属する新1年生の教室はざわめいている。
それはこの教室だけに限った話ではなく、冒険者科のみならずすべての学科、学年を含めたすべての教室が同じような空気に包まれているのだが。
いや教室どころか職員室をはじめとした、2人以上、人が集まる場所はみな同じだろう。
理由は当然、昨夜の事件である。
「怖くない?」
「いやでも、王都のど真ん中、しかも王立学院の敷地内でテロとかあり得る?」
「つっても実際に中庭はあのザマじゃん」
教室のそこかしこで、はやくも出来つつある仲のいい連中ごとに集まって、みな似たようなやり取りを繰り返している。
それも当然、夜の帳が下りていても充分に惨状であった中庭に朝日が射し込んだ結果、大型魔物同士が死力を尽くして戦闘をした後の如き、破壊の跡が目の当たりになったからだ。
中庭とはいえ王立学院のそれは広大と言っても過言ではない。
それこそラルフやソルが、人知れず「特訓」をできる死角がそこかしこにできるほどには。
その全域で大木が幾本も圧し折れ、場所によっては地面すら捲れあがってしまっている。
中庭に面したすべての窓は完全に砕け散っており、あまつさえソルとラルフの正面にあった1面だけはとんでもない力でぶん殴られたかのように、壁にひびが入り歪んでしまっている。
昨夜突如中庭に発生した小型の台風としか言いようのない大気の渦に巻き込まれ、屋根も内側の部分はかなりが吹き飛ばされている有様だ。
修復するには時間はともかく、かなりのお金が必要になるだろう。
そして王立学院では全学生が寮暮らしであるため、多くの生徒が距離の差こそあれその原因となった現象を目の当たりにしている。
幸いにして怪我をした者は誰もいない。
だが窓硝子が全てが割り砕けて消し飛んだ直近にいた者などは、完全に腰を抜かしてへたり込んでしまった者も多い。
運が良いのか、悪いのか。
至近距離にいた者は中庭で天に向かって荒れ狂う颶風と、すでに降りていた夜の帳を消し飛ばし、真昼の如く四方の校舎を照らし出した膨大な魔導光の迸りをその目で見ている。
その際の自分の醜態は黙して語らず、そんな状態で自らの目でみた神話や御伽噺のワンシーンのような光景について語らずにいられるわけもないからこそ、朝から人が集まれば同じ話題に花を咲かせているのだ。
だがそれほどの事象が自然に発生などするわけがない。
最もあり得る自然現象としては『竜巻』が考えられるだろうが、この季節の王都の上空に積乱雲が発生していることなどありえない。
実際昨夜は雲一つない晴天であり、天空には無数の星が瞬いていたのだ。
直接見た者も、話を聞いた者も、その誰もがそんなことは理解している。
この世界には「技」や「魔法」という神様から授けられる超常の能力が厳然と存在し、あまつさえその能力を行使できる者ばかりが集まっているのが、この王立学院冒険者科なのである。
よって当然、誰もが何者かの能力の行使によるものだと想像する。
そしてどうあれ中庭を破壊し、すべての窓を割り砕いているからには、それをやった者が味方などではなく敵性存在なのだろうと考えるのもまた当然だろう。
先程誰かが口にしていた「テロ」という言葉は、けしていいかげんなモノではないということだ。
だがテロであるならばその圧倒的な破壊力のわりに、人的被害がまったく発生していないという点が奇妙とはいえる。
だからこそ、生徒たちがお気楽に話題にできているとも言えるのだが。
「怖いよねー」
「……うん」
ジュリアが硝子はすべて砕けてなくなってしまい、今やただの格子でしかなくなっている窓から中庭の惨状を確認しながらそうつぶやく。
それに応えるリィンの表情にも確かな脅えが見える。
まだ能力者となってから日も浅く、魔物との実戦経験もさほど積めていない2人にとって、数分で中庭をこの状態にしてしまえる攻撃手段が存在するのを目の当たりにするのはやはり恐ろしいのだ。
リィンは今の自分の『盾役』としての力では防ぎきれないことに恐怖し、ジュリアはそんな攻撃を受けてしまった仲間たちを『回復役』として治しきれないだろうことに血の気が引いている。
「アランなら同じことできるか?」
「私にはとても無理ですね。時間をいくらでもかけていいのであれば中庭を似たような状態にすることは可能でしょうけれど、昨夜のようにたった数分の間にと言われると……」
「俺も似たような感じだなあ」
そして『攻撃役』――魔物を直接倒す役目を担うアランとマークの視点では、今現在の自分たちがそこまでの攻撃力を持っていないことを自覚せざるを得ない。
盾役、回復役、そして攻撃役2人。
それぞれの立場で明確な『格上』の存在を感じているがゆえの、感嘆とどこか居心地が悪い漠然とした不安を得ているのだ。
まだ能力を授かったばかり、王立学院の新1年生に過ぎない4人なので、本来は落ち込むようなことではないはずではあるのだが。




