第177話 『相乗効果』⑤
「いやそれはな? 俺だってそれはそうだけど……えぇ?」
「案ずるより産むが易しです! 行きますよ?」
「ちょ、え、あ……はい」
落ち着いたとてラルフとしても『魔力の泉』を試さないなどありえない。
それでもソルの勢いに押されて、余人にはけしてみせない15歳らしい表情を浮かべて焦っている。
だが流石に実戦慣れしているだけあり、強制的に自らを落ち着かせてみせた。
動揺している間に命を落とすことも、最大のチャンスを逃すこともいくらでもあり得るのが魔物との戦闘――迷宮や魔物支配領域を攻略するということなのだ。
だからこそ大事な場面だと認識した瞬間に強制的に冷静になる術など、ラルフは生き残るための技術としてとっくの昔に身に付けている。
ここ最近では、そんな技術を行使しなければならないような場面はなかったとはいえだ。
「3……2……1……」
どうあれラルフが構えを取り、『壱式・改』の発動態勢に入ったことを確認して、ソルが『魔力の泉』を起動させに入る。
1秒のずれが最低でも27発分の無駄になるので、わざわざカウントダウン付きである。
「起動!」
その瞬間。
ラルフの丹田上に、魔導光による立体魔法陣が顕れた。
同時に頭上の空間に歪みが生じ、あらゆる色が混ざったかのような渦状の穴が穿たれる。
そこから外在魔力とも内在魔力とも違う純粋な魔力が溢れ出し、ラルフの臍下あたりで回転している立体魔方陣に、ものすごい勢いで吸収されてゆく。
これがソルの授かった能力『プレイヤー』のレベル奥義、『魔力の泉』
魔導生物ならざる人間に魔導的に『魔導器官』を形成し、次元の歪から純魔力を抽出して強制的に吸収させる。
結果、疑似的、一時的に『無限の魔力』を成立させているのだ。
その効果を我が身に受けているラルフは、頭が沸騰し腰が砕けそうになるのを奥歯を噛みしめてなんとか耐え、もう頭ではなく体に染みついている『壱式・改』を半ば反射で全力発動させた。
『瞬動』はソルやラルフが思っていたよりもずっと凄まじい効果を伴っていたらしく、27撃を超えても魔力が尽きぬのであれば最高速度を維持したままに『技』を連続で発生させ続ける。
その発生速度、実に1秒に100閃。
ものすごい勢いで消費される魔力を供給するために、ラルフの頭上に生じている次元の歪のような渦と、臍下の魔法陣を無数の魔導光が雷光の如く繋ぎ、輝く光の塊の如くなってゆく。
その結果、たかが27撃でも颶風を生んでいた『瞬動』による秒間100閃の『壱式・改』は、それそのものすらも攻撃手段になり得る大気の乱流を生じさせ、中庭に生い茂る木々を薙ぎ払った。
それに気付いたラルフが即座に剣閃の方向を天へと向けたため、校舎の壁をぶち抜くような大惨事には至っていない。
それでも幾本もの大木が薙ぎ倒され、中庭に面した建物の窓がすべて一瞬で砕け散っている。
人の軍隊に向かってこれを放っただけで、一軍を無力化することも充分に可能だ。
まさかそれが、『零式』の発動可能数を積み増す行為の余波に過ぎぬとは、ソルとラルフ以外には誰一人として理解することは叶わないだろう。
中庭から天空へ向けて突然竜巻が生まれたかのような現象がきっちり3分間続き、唐突に消滅した。
ソルは口をぽかんと開けて中庭の惨状を凝視することしかできない。
その惨状を引き起こしたラルフは3分間耐え忍んだ強烈な感覚に意識を焼き切られ、呆けたような表情でその場にぺたりと倒れ伏した。
ソルにとっても予想外が過ぎたのだ。
以前、リィンやジュリアに試した時はこんなことにはならなかった。
つまり『魔力の泉』は次元の歪から引きずり出す――消費する魔力量によって発動対象者に与える影響が大きくなるということで間違いない。
あまりにも膨大な魔力を引きずり出したがために、王立学院中が騒ぎになるほどの雷光の如き魔導光を広範囲に迸らせ、歴戦の兵であるはずのラルフをして効果終了後に意識を失うほどの事態を引き起こしたのだ。
物理的な被害は、その上で膨大な回数行使された『壱式・改』の余波であるのだが。
だがそれらを代償にしてこの3分間で蓄積された『零式』の使用可能回数は実に、17,852閃。
たった1回の『魔力の泉』行使によって、ラルフが保有していたその数を倍以上に伸ばすことに成功したのだ。
だが徐々に大きくなってゆく周囲の騒ぎを肌で感じつつ、学校側への説明はラルフにすべて任せようとソルは内心で固く誓っていた。
『プレイヤー』が『無限剣閃』と出逢ったことにより、はやくもその規格外さ――『怪物たちを統べるモノ』たる片鱗を見せ始めている。
さてその力はすでに存在する『怪物』たちを統べるのか。
いや、自らが統べるべき者たちを『怪物』へと変じさせるのか。
それともやはり怪物たちを統べるモノこそが、最も『怪物』――その王たる存在へと至るのか。
今はまだ、なにもわかりはしない。




