第173話 『相乗効果』①
無事に王都へ帰還したソルとラルフは、そのまま寄り道することもなく一度王立学院の寮へと戻った。
許可された実戦訓練で得た魔物素材等の処理方法など、入学したてのソルにはまだわかるはずもない。
その処理を快く請け負ってくれたラルフにすべて任せ、いったん部屋に帰ってから昨夜と同じ場所に再集合して今に至っているというわけだ。
午後からはずっと馬車に揺られているか、魔物支配領域で戦闘を繰り返していたラルフとしては風呂に入りたいところだが、どうせこの後の「特訓」で汗をかくことはわかりきっているので我慢して戦闘用装備のままである。
ソルの方はそもそも風呂に入った経験などまだないので気にもしていない。
ロス村では川で週に1回体を洗う程度だったのだ、王立学院に設置されている大浴場に毎日入ることが当然の暮らしに慣れるのには、まだしばらく時が必要となるだろう。
リィンとジュリアの女子チームは、引っ越しした初日から大喜びで大浴場にはまっているのだが。
「さてソル君! さっそくで申し訳ないが、最低でも俺の訓練効率が10倍以上。つまり1日で蓄積できる『零式』の使用可能回数を270以上にする具体的な方法を教えてもらっていいかな?」
だがラルフは自分の汗臭さや不快感を忘れるほどに今、高揚している。
例えソルが口にした「効率10倍」が多少大げさなものであったとしても、それに近い効果を得られることを確信しているからには、興奮するなという方が無理だろう。
「もちろんです」
そしてラルフのその信頼を裏付けるような、自信に満ちた返事をするソルである。
ソルとしても「プレイヤー」の能力の正しい活かし方に思い至ったことで、ラルフに負けず劣らずわくわくしているのである。
とんでもない支援特化系の能力を保有しているソルなのだ、自身が行使可能な『魔力回復』の回数を把握できていないはずもないとラルフは思っている。
『魔力回復』というスキルが、どんな魔力上限値及び現在値であっても全快できる破格の能力と仮定した場合、10回以上使えるのであれば嘘偽りなくラルフの「特訓」効率は10倍以上に跳ね上がることになる。
「本当にソル君は、『魔力回復』を1日に10回以上も使えるのか……」
とはいえそんなとんでもないスキルを本当に毎日10回以上も使えるとなれば、規格外にもほどがある。
期待も信頼もしているとはいえどうやらそれが本当だとなれば、ラルフ程の能力者であってもやはりたじろいでしまうらしい。
それにそんなとんでもない能力を毎夜ラルフのために行使してくれるというのであれば、今日ソルに提供した小型魔物24体くらいでは報酬として全く足りないとしか思えない。
ソルたちの生徒会入りと、ラルフを含めた生徒会パーティーとソルたちロス村パーティーの同盟による、実戦経験を積める環境を用意できた上でもなおだ。
それこそソルの望みをすべて叶えた上で定期的に魔物支配領域へ赴き、その際にはそれまでの期間で蓄積された『零式』使用可能回数の最低でも半分を使用して、素体レベルの強化と、取得できた魔物素材をすべて提供してもまだ足りないだろう。
そもそもそんな高頻度で大量の魔物を狩るのであれば、王立学院生用の訓練場に過ぎない『試練の森』ではとても魔物の再湧出ペースが追いつかない。
『無限剣閃』とはいえ、さすがに『禁忌領域』にまで手を出すつもりも、許可が下りるとも思ってはいない。
となればA級以上の冒険者や軍の特殊部隊でなければ手に負えないため基本的には放置、観察対象とされている非攻略対象魔物支配領域での戦闘許可を複数取得し、そこを周回するしか取りうる手段は残されていない。。
とはいえそれはラルフにしてみれば望むところとも言える。
今までは『零式』に使用回数制限がある事が露見することを恐れて、必要に迫られない限りは魔物とは戦闘を行わない、慎重派である事を演じてきていた。
慎重派と言えば聞こえはいいが、ラルフを快く思っていない者から言わせれば怠惰だの臆病者だの、わりと言いたい放題を言われている。
正直軍部の上からは、もう少し対魔物戦闘も含めた暗部としての活動頻度を上げられないのかと、定期的に探りを入れられているというか、圧をかけられている状況だったのだ。
とはいえ一度実戦に臨めば『無限剣閃』の圧倒的戦闘能力ゆえに許されてきたわがままも限界に達しつつあった昨今、ここで「やる気を出してみせる」というのは悪くないどころか最良の対応だろう。
軍の上層部で言われている「ラルフには眠っている真の実力がある。ただし熟睡している」などという、不名誉な諧謔を払拭するにはいい機会なのである。
ソルが協力してくれるのであれば、払拭しても困らないのだ。
制限さえ気にしなくてよくなるのであれば、すでにラルフの『零式』はA級冒険者パーティーでさえも命懸けで挑む迷宮階層、魔物支配領域の魔物であっても薙ぎ払うことが可能なのだから。
ラルフが眠っていた真の力を叩き起こし、可能な限り魔物支配領域の解放や迷宮の攻略を進めるとなれば、そのパーティーメンバーの人選を国から任せてもらう程度であればさほど難しいことでもない。
軍部が欲しいのは明確な実績であり、それを成せる絶対的戦力のモチベーションを削ぐような真似など進んでやるはずがないからだ。
その攻略に伴って素体レベルも上昇し、実績を以って軍に対する立場や発言力が向上するというポジティブ・スパイラルを成立させれば、ソルが協力してくれる条件の一つである、ソル自身も含めた幼馴染たちの保護と実力の隠匿もやりやすくなる。
本気を出したとみられるであろう『無限剣閃』の光が強ければ強いほど、今はまだ鈍い真の輝きを放っているだけの原石を隠すことは容易くなるのだから。




