第171話 『取り引き』④
となればラルフとしては、ソルに警戒されてまで王立軍に所属していることを隠すメリットなどありはしない。
もともと学生ではとても不可能な対魔物戦闘をラルフが繰り返していることは見抜かれているのだ、それを可能とできる組織など国か冒険者ギルドしかありえない。
ソルの立場としてもラルフが国家を後ろ盾に動いているのであれば、利用価値が上がりこそすれ下がることはないだろう、との判断から躊躇せずにラルフは明かしたのだ。
「やっぱり……でもいいんですか、そんなことを話してしまって」
自分で聞いておきながら結構な言い草である。
だが、ソルとしてはこれについては誤魔化される可能性も低くないと見ていたからこそ、正直なところ意外でもあったのだ。
ソルのことを信頼、あるいはそんな情報を明かすだけの価値がある存在だとみなしてくれたことを理解していると示すため、あえて冗談めかした表情と口調を選んだのである。
「よかないよ。バレたら懲罰ものだから、内密にしてくれれば助かる」
「それはもちろんです」
それがわかっているラルフも、ソルと同じように冗談っぽく返している。
だがソルの確認に対するラルフの答えは、冗談めかしてはいても本当だ。
それどころが秘密裏に王立軍に属する立場の者が、上の許可も取らずにその正体を明かしたともなれば、懲罰程度で済まされない方が普通だろう。
ラルフが『無限剣閃』という大戦力であるがゆえに事が露見しても苛烈な処分にはなるまいが、まるでお咎めなしというわけにもいかない程度のリスクは負っているも事実なのだ。
君が相手だからこそ、そのリスクを背負ってでも話したんだよということは、きちんとアピールしておくラルフである。
そしてソルもそれをほぼ正しく理解している。
「で、どうしてそんなことをわざわざ確認したのかな?」
「その事実を前提として、ラルフさんと取引がしたかったからです」
己の得た情報を総合的に判断してその予測がついたとはいえ、それを馬鹿正直にラルフに確認することによるメリットなど、ソルには無いように思える。
だがソルの答えどおり国家、ないしは国際組織である冒険者ギルドが後ろ盾になっていることを確認した上での取引ともなれば、ラルフにとっても望むところである。
「そーゆーことね。なに? 自分も学院生のままに王立軍に加えろって?」
ラルフが所属する軍特殊部隊への推薦であればなんの障害もない。
現在わかっているソルの能力だけでも、そこへ『無限剣閃』の推薦を加えれば2つ返事で承認が下りることはまず間違いない。
ソルを『無限剣閃』専属とすることもそう難しくはないだろうし、ラルフにとっても悪くない話だ。
ゆえにそれを頼まれた場合、次善とはいえラルフに断るという選択肢はない。
だが――
「いえその逆です。僕と僕の幼馴染たち――リィン、ジュリア、マーク、アランの5人をそういう世界に本格的に関わらなくていいようにしていただけませんか? 少なくとも王立学院の生徒でいる期間においては。そのために必要な協力であればなんでもするつもりです」
ソルの取引条件はラルフの力を以て、自分を――それだけではなく幼馴染たち全員を、いわば裏系の仕事から切り離してくれというものだった。
いや協力程度であれば、いくらでもする。
それにある程度の戦力等の情報を把握されることは受け入れるが、その上で完全に王立軍へ取り込まれる――数勘定に入るようにはしてくれるなと言うことだ。
確かにソル以外の「ロス村の奇跡の子供たち」も、相当な希少職揃いである。
ラルフ以外からのアプローチで、彼ら彼女らが軍の暗部、もしくは冒険者ギルドの特殊組織にスカウトされる可能性はあり得ないことではない。
そしてその手の組織は待遇がいいことと引き換えに、危険度は指数関数的に跳ね上がるのは当然の話だ。
その待遇とて機密等に雁字搦めにされ、自由に動くことなど望むべくもなくなるだろう。
ラルフのようにそれが自分の夢と重なっているのであればともかく、ソルの夢が「幼馴染たちとともに、すべての迷宮の攻略とすべての魔物支配領域を解放すること」である以上、有難迷惑にしかならないというのがソルの考えなのだ。
つまり『無限剣閃』の勇名を以ってソルの能力の秘密を守り、かつソルの幼馴染たちに国家や冒険者ギルドが正規ルートではない接触を図ることを抑えてくれということだ。
これはラルフというすでにして正式な軍人に対して、自分たちの正確な情報の隠蔽、あるいは改竄に手を貸せと言っているに等しい。
当然、ラルフの立場でそうするに見合うだけの利益を提示するつもりでもあるだろう。
ソルという『怪物』は、少なくとも今の時点で国家や冒険者ギルドなどという巨大組織に首輪をつけられることを厭っているらしいとラルフは理解した。
「そう来たか……ソル君を引きこめたのなら、多少の機密漏洩なんてお咎めなしになるだろうけど残念だ」
これは相当な無理をラルフに強いる取引である。
だがその状況はラルフとしても望むところであり、組織とは関係ないところでソルとの関係を構築するのはラルフにとっても最善なのだ。
残念そうな言葉とは裏腹に、内心では正直ほくそ笑んでいる。
「それプラス、僕たちを生徒会に加えてくれませんか? 正式な役員ではなく、見習い扱いでもそこはかまいません」
「その心は?」
「生徒会運営のノウハウを学びつつ、生徒会役員パーティーと僕たち幼馴染パーティーで、可能な限り実戦経験を積みたいのです」
「こりゃまた大きく出たね。ソル君のお願いをそこまでして叶えた場合の、俺のメリットは?」




