第169話 『取り引き』②
「では、ありがたくいただきます」
ソルはソルで、あまり遠慮することなくあっさりラルフからの贈り物を受け入れた。
もしこの場にルディたち2年生の生徒会役員が同席していれば、ソルの大金を平気で受け取るその胆力に度肝を抜かれることになったはずだ。
だがこれはソルだけではなく、「ロス村の奇跡の子供たち」であれば皆、似たようなリアクションを返しただろう。
なんとなればソルたちはまだ入学したばかりなので、今ラルフがとんでもない額のお金をソルに与えようとしてくれていることを理解できないからだ。
一方で王立学院に入学するまでこっそり辺境魔物支配領域の魔物を5人で狩ってもいたので、『牙鼠』や『角兎』程度の脅威度ではラルフ程の強者にとって敵ではないことを理解できてしまう。
今の自分たちでも苦もなく狩れる程度の魔物なのだ、音に聞こえた『無限剣閃』が取るに足りない雑魚と看做すことには当然として、なんの疑問も抱かない。
だが当然ロス村には、ソルたちが「訓練」と称してこっそり狩っていた魔物を捌く市場もなければ、冒険者ギルドの支部があるはずもない。
村長であるマークの父の差配で村の狩人たちが魔物の遺骸をばらして保存はしてくれてはいるものの、ロス村の誰もが魔物の市場価値を知る機会などなかったのだ。
能力者でもない辺境の寒村に生きる者たちにとって、魔物とは高額兌換が可能な良い獲物などではなく、万が一にでも接敵すれば必死、群れで襲われれば地図から村が消えるほどの脅威――恐怖の対象でしかないので無理もない。
よってソルには具体的に魔物が「いくらになるか」という知識がまだないがゆえに、強い先輩が「雑魚魔物程度は譲ってあげるよ」という程度にしか捉えることができないのだ。
確かにそれはラルフから見れば正しい認識と言えるが、ソルは明日その価値を知って顔色を失うことになる。
さすがにロス村で1番稼ぎが良かった狩人の獲物であった野獣類――大鹿や熊などよりはいい値が付くだろうとは思っていたが、桁がいくつも違うなど想像の外だったのだ。
冒険者たちがいい暮らしをしているのは知っているが、もっとずっと強い魔物を狩っているからだと盲目的に信じ込んでいた。
小型魔物などは駆け出し用の獲物だとばかり思っていたのだ。
だが冒険者等級のボリュームゾーンはC級であり、牙鼠や角兎といった雑級魔物を狩りつつ少しずつ己を強化している者たちが大部分というのが現実なのだ。
それでも「冒険者たちは贅沢な暮らしをしている」と世間様から思われるということは、その程度の魔物を狩っていてもそれが成立するということに他ならない。
B級以上ともなれば得た富の大部分は魔物素材を惜しみなく使用された「特級装備」に消えており、庶民にもわかりやすい「贅沢な暮らし」など、そのあまりで充分に維持できるのだ。
ちなみに生き存えたまま引退する日を迎えられるのであれば、自身の装備一式が最大の財産になっているので、金を金のまま貯めることに上位冒険者ほど頓着しない傾向が強い。
つまり各種魔物素材と、なかでも魔物からしか取れない『魔導器官』と『魔石』の価値は、今のこの世界においてとんでもない値が付けられているのである。
なおラルフ自身にとって牙鼠や角兎がすでに雑魚魔物であることは事実だし、実際今更その報酬程度はあってもなくてもどうでもいい程度のものだ。
であってもその一般的な価値は理解しているし、同じ王立学院の生徒であっても慌てるに足る額になることもわかっている。
それが田舎出身の新1年生ともなればなおのことだ。
それをソルがあっさり受け入れた理由にもある程度想像がついており、明日換金された後のソルの表情を見るのが今からちょっと楽しみになっている。
同時にすでに牙鼠や角兎を慢心ではなく正しく雑魚だと認識しているソルに対して、戦慄に近い感覚も覚えてもいるのだが。
「ラルフさん、1つ質問してもいいですか?」
「なんでもドウゾ?」
知らない間に生まれてこの方見たこともない大金を手に入れたソルの方も、そんな些事よりもとでも言わんばかりにラルフに話しかける。
あるいはソルの方も、ラルフが話しかけてくるのをずっと待っていのかもしれない。
「ラルフさんは、その……王立学院の生徒会長とは別の顔を持っておられますよね?」
だがソルの質問は、ラルフとしても想像の斜め上を行くものであった。
その上、なぜか正確に真実を言い当てているだけに質が悪い。
正直なところを言えば、ラルフは今なによりもソルの信頼が欲しい。
それはたとえソルの言う別の顔――王立学院ではない、自分が本当に所属している組織を裏切ることになってもである。
なぜならば国家も冒険者ギルドもラルフの能力を効率的に活かす――利用することは出来ても、その本質的な強化にはなに1つ具体的な貢献をしてなどくれないからだ。
せいぜい魔物と戦う機会に困らないようにしてくれているだけで、そのおかげで素体のレベルアップと資産を積み増すことには困らないが、言ってしまえばそれだけだ。
それらはもはやラルフの望む、己の能力の限界突破にはなにも寄与しない。
それに比べてソル・ロックという存在は、ラルフにとって可能性の塊だ。




