第167話 『駆け引き』⑤
「てことはやはり、地道な「特訓」が1番ってことになる、か」
「そうですね。それをより効率化することについては、僕に少し考えがあります。会長、『壱式』の上限発動はまさに一瞬ですけど、それによる体への負荷はほとんどないんですよね?」
ソルの能力が敵味方の能力を正確に掌握できることは間違いない。
そればかりか索敵能力においては正確無比を誇り、詳細な地図とそれに重ねての敵味方の正確な位置を把握できることも確かだろう。
それに加えてソルが言葉にしたとおり、特訓の効率化も可能らしい。
確かに能力を授かったばかりの「ロス村の奇跡の子供たち」が昨日みせた継戦能力から鑑みて、全員が人並外れた魔力保有量であるというよりも、ソルが魔力を回復するなんらかの手段を有しているとみなした方が自然だろうとラルフも思う。
ラルフであっても、そんなとんでもない能力は見たことはもちろん、聞いたことすらもないのだが。
「ああ、うん。一連の動きすべてが『技』と見なされているからだろうけど、とくに疲労とかは感じないな」
「つまり魔力量さえあれば、制限なく撃てる――蓄積できるわけですよね。今夜1度試してみましょう」
「お、おう」
ソルの「とっておき」がラルフが想定しているとおり「魔力回復」であるならば、その回復量、使用可能回数分、1日に蓄積できる『零式』の使用回数は伸びるのだ。
仮に完全回復を1度可能というだけで、ラルフの「特訓」効率は倍に跳ね上がる。
いよいよ化け物じみたソルの能力の外殻が見えてきたような気がして、ラルフは生唾を呑み込まざるを得ない。
ソルは無邪気に『無限剣閃』のすごさを称賛してくれているが、ラルフにしてみればソルの能力は凄いなんてものではない。
これまでのすべての能力者たちの経験が積み上げられたその結果、「常識」とされてきたのが対魔物戦闘の知識や定石というものだ。
それらをすべて覆しかねない、いや実際に覆すソルの能力をなんと表現すればいいのかわからないのだ。
「さて、僕のレベルも上がった方ができることも増えそうですし、会長の魔力が尽きるまでは魔物を狩って帰りましょうか」
あまりにも当然のようにそう口にするソルに対して、ラルフは笑いそうになる。
その佇まいはすでに熟練者のそれであり、ソルが昨日王立学院に入学したばかりのピカピカの新1年生だとは誰も思うまい。
――やはり、無断で魔物との戦闘を相当やってるよな、ソル君たち……
それは昨日の模擬戦を見た時から確信していたことではある。
だがすでにここまで手慣れていることは流石に想定外である。
べつに法律などで禁じられているわけではない。
戦って勝てるのであれば、好きに戦い利益を得ればいいのだ。
もちろん『禁忌領域』は別だが。
だが普通は戦闘のイロハを教えてもらう前に、進んで自分から命の危険がある場所に出かけていく者などほとんどいはしない。
王立学院への入学と、能力に恵まれなかった者たちとは比べ物にならない将来の栄達がほぼ約束されているともなればなおのことである。
興味本位で魔物と戦って、栄達が約束された未来を棒に振るなど愚の骨頂。
いくら知識と経験を積み上げても死ぬときは死ぬのが冒険者という稼業だが、なればこそ自ら軽率な行動を慎むことは常識だとしか言えない。
それでもソルだけではなく4人の仲間たち全員もそうしたということは、ソルができることは自分が思っているより多いのだろうと推察できる。
素人であってさえ、雑魚魔物との戦闘程度であれば安全だと確信できるほどに。
だがソルの言うことも尤もなのだ。
わざわざ学院の許可を取り、馬車を使用してまで『試練の森』まで来たからには、保有魔力の上限まで魔物を狩って帰るのが当然である。
もちろんその上限は枯渇するまでというわけではなく、十分なマージンを保ったものとはいえだ。
「そんなことしたら、今夜の特訓はできなくなるが……」
だがそんなことをすれば今夜の特訓をできる魔力が残るはずもなく、そんな短時間では1/3も回復しないことを経験としてラルフはわかっている。
なによりもラルフの経験則など比べ物にならない精度で、ソルの方がそんなことはよくわかっているはずだ。
なんならラルフの魔力が上限値に回復する時間ですら正確に当てられるかもしれない。
「そこは僕に任せてください」
「やっぱそういうことも出来るのね」
「会長は昨日の戦闘を見ただけで僕の異常さを見抜いた人ですからね。ここまで一緒に来ておいて、今更隠すつもりはありませんよ。だからこそお互いの秘密は絶対に守りましょうね」
「そりゃもちろん」
そのソルが「魔力が尽きるまで」というのだ、一時的にラルフの保有魔力が尽きることなど、ソルにとっては危険でもなんでもないということになる。
確かに『零式』がある限り、魔力の枯渇はラルフにとって致命ではない。
だがソルはそれをあてにしているわけではないだろう。
ラルフがあえて濁して口にした、そういうこと。
つまり「魔力回復」が可能だというとんでもない事実をしれっと認め、それらを含めて自分の能力を今さらラルフには隠すつもりなどないと宣言しているのだ。
ラルフの能力の秘密を知ったから、自分の秘密も隠しません。
それは信頼といえば聞こえがいいが、ぶっちゃけて言えば甘いとしか言えない考えでもある。
確かにどこまでソルの能力の情報を公に晒していいかを相談するのであれば、相談相手であるラルフがソルの能力を十全に把握している必要があるのは確かだろう。
とはいえいくらなんでも無警戒が過ぎる。
ラルフが自身のその判断をより確かなものにし、ソルに対して信頼された先輩としての責任を自らに任じるようになるのは、今日の夜で決定的なものになる。
「魔力回復」どころではない、よりとんでもない能力を惜しむこともなくラルフに晒すだけではなく、使ってくれることによってそうなる。
だがそれはソルの狙い通りなのである。
常識から考えればとんでもない能力を次々と晒すことによって、『プレイヤー』の本当のとんでもなさ――他者に技や魔法、各種ステータスを付与できる事実を綺麗に隠す。
なによりもM.Pをレベル標準値の倍以上付与可能であり、本来であれば人間には纏うことのできないH.Pすら付与できることは隠し通さねばならない。
だからこそ目くらましに、派手な能力を考えなしに晒しているように見せかけている。
いかに相手が『無限剣閃』の通り名を持つ王立学院の生徒会長とはいえ、幼馴染たちにすら晒していない情報を開示することはない。
味方にさえ切り札は隠す。
ソルもまた、自分の夢を叶えるためならばいくらでも慎重になれるのだ。




