第163話 『駆け引き』①
「傑作だったよな? あいつらの顔。冷静沈着を売りにしているルディと、常に無表情なユディトのあんな顔は滅多に見られないからマジで笑った。リザも驚いていたけど、一瞬で狩人の目になっていたから、ソル君は気を付けた方がいい。ああ見えてあいつは猛禽類だから」
『試練の森』に入ってからも、ラルフはおかしくて仕方がないらしい。
この場所まで馬車で移動する間にも何度も繰り返していた話で、今もまた上機嫌に笑っている。
まだ魔物がうろうろしている場所にそこまで慣れていないソルにしてみれば集中してくれといいたくもなるが、『プレイヤー』の能力で敵性存在の位置はつかめているのでそれほど不安はない。
この魔物支配領域に存在する魔物程度であれば『無限剣閃』の敵ではないし、その気になれば領域主ですら倒せてしまうことがわかっているので余裕はあるのだ。
ちなみに魔物支配領域へラルフと共に足を踏み入れた瞬間、表示枠が浮かび上がりソルとラルフの2人組で『2ndパーティー』が成立したことが確認できている。
『1stパーティー』は保持されたままである事からも、ソルが『仲間』として登録しておけばパーティーはいくつでも組めるらしい。
「プレイヤー」の仕組みが一部新たにわかっただけでも、ソルにとっては大きな収穫であると言えるだろう。
「猛禽類?」
だが何度も繰り返した話題に、ラルフが馬車の中では口にしていなかった内容も加わったので、ソルは興味を持って質問してみた。
ラルフにしてみれば万が一御者に聞かれる可能性に配慮して、この話題はソルと2人になるまで封印していたものとみえる。
だがまだ13歳になったばかりのソルである。
ラルフの喩え話が良く理解できていない。
「油断してたら狩られるから気をつけろってコト」
「???」
ラルフの方でもすぐにはソルが理解できていないことに気付けないらしく、からからと笑いながら同じ喩えを繰り返すが、当然ソルには理解できない。
少々下世話な男同士の会話をするには、ソルはまだ幼すぎるし田舎育ち過ぎるのだ。
「そんなんだとホントに狩られそうだな。ソル君がリズに色仕掛けで篭絡される危険があるってことだよ」
「――――…………!?」
さすがにラルフの方がそのことに気付いて、悪い笑顔と共にそう告げる。
一瞬遅れて理解したソルの顔が真っ赤に茹で上がるのを見て、一層楽しそうに笑っている。
「俺がもう失ってしまった純粋さを今、目の当たりにしているな……」
「ぐぬ」
追い打ちをかけられてもソルには効果的な反撃の手段などあるはずもない。
13歳と15歳。
この年頃における2年の差とは、事程左様に大きいのだ。
特に魔物との戦闘を経てレベルアップを積み重ねたラルフと、まだ能力を授かったばかりのソルでは体格面だけでも大人と子供ほどの差がある。
精神面ではそれ以上の差もあろうし、脊髄反射で下手な反論をしてより大人な追撃を加えられてはたまったものではないので、ソルとしては口を噤むしか手がないのだ。
「ま、今日のこれで教師と生徒双方からソル君は1年生で1番有名人になるよ。どうせ遅かれ早かれなんだ、はやいにこしたことはないさ」
「まあ会長と一緒に行動すればそうなりますよね……」
かの『無限剣閃』とともに、訓練場とはいえ魔物支配領域で共闘をするのだ。
生徒会役員という立場にあるルディたちですらあんなリアクションをみせたその事実が一般生徒に広まれば、王立学院全学年で「ソル・ロック」の名前を知らぬ者など1人もいなくなることはもはや確定事項といって間違いない。
許可証が発行されている以上、すでに教師たちの間ではそうなっているだろうし、今日のうちに王宮にもその情報は伝わるだろう。
メリット、デメリット双方どちらもあろうが、どうせ目立つことは避けられないのであれば、『無限剣閃』に可愛がられているという付加価値付きの方が遥かにましであることは疑いえない。
だからこそソルは素直に生徒会室を訪れ、聞かされていなかった『試練の森』へも黙ってついてきたのだ。
「それに俺は別にお世辞を言ったわけじゃないさ。実際、ソル君の能力はとんでもないよ」
一方でラルフもまた、本気でソルのことを評価している。
昨夜ざっと聞かされた「助言」だけでもそれは揺るがないが、今この瞬間にもその評価は上方修正をされ続けている最中だ。
なんとなれば『試練の森』へ足を踏み入れて以降もソルは落ち着いたままであり、それが虚勢でも、逆に無知ゆえの油断でもないことがわかるからである。
普通、能力を授かったばかりの能力者は魔物に対してかなりの怯えを見せる。
それも当然で、能力を授かるまでは接敵が死と同義なのが魔物なのだ、自分の能力が通用すると実感できるまでは怯えるなという方が無理な話だろう。
素人は能力の有無に関わらず、魔物を前にして竦んでいるうちに死ぬ――殺される。
それを避けるためにこそ、王立学院能力開発部という教育機関は必要とされるのだから。




