第162話 『生徒会』③
「マジ?」
滅多に見ない御機嫌のラルフと、慌ててこちらに向かって何度も頭を下げていたソル。
その2人が退出して閉まった重厚な扉を茫然と見つめつつ、リズが常に演じている己のキャラも忘れて呟いた。
入学式の翌日に新1年生を生徒会入りさせるということにも充分驚いていたが、『無限剣閃』が本当に単独主義を放棄してパーティーを組むとなればそれどころではない。
「会長はその手の冗談をいう方ではないが……」
「…………羨ましい」
ルディとユディトも茫然度においてはリズとさして変わらない。
ルディは信じられないという表情を浮かべており、ユディトは常からは考えられない素直な表情を浮かべてソルの立場を羨んでいる。
リズが素なってしまっている事に突っ込みを入れる余裕など、2人ともにないのだ。
3人とも自分が神様から優れた能力を授けられた、恵まれた立場だという自覚がある。
だがその幸運に胡坐をかくことなく、王立学院に入学してからのこの1年間は誰に見られても恥ずかしくないだけの努力を重ねて己を鍛え上げてきた。
だからこそ2年生でありながら、『無限剣閃』に選ばれて生徒会役員に抜擢されたのだという自負を持っている。
そんな自分たちでさえ明確に断られた、ラルフと共に魔物と対峙できる立場。
あの『無限剣閃』の相棒。
それを昨日王立学院に入学したばかりの子供が射止めたのだ、ユディトの言葉こそが最も正直、かつシンプルに3人の気持ちを表しているものだろう。
「いやでも、会長の『無限剣閃』に、パーティーなんて必要なの?」
「悔しいがお荷物になるだけだな」
気を取り直したようにそういうリズの言葉は尤もだ。
それに対するルディの答えもまた。
物理系遠距離攻撃特化の弓使いでも、魔力系遠距離攻撃特化の魔法使いでも不要と言われ、それに納得するしかなかった。
近接系では最強の一角である双剣士ですら、ラルフの『瞬動』を前にしては手数がどうのこうのという話ではない。
誰もが組みたがる自分たちをすら、「別に要らん」と言われて自分たちも周囲の人間もなにも言えない明確な格上。
自分たちの技や魔法の発動を待つまでもなく、無人の野を行くが如く迷宮や魔物支配領域を歩けるのが『無限剣閃』なのだ。
「おそらく支援系特化なのではないでしょうか?」
「ああ、なるほど……冗談めかしてはおられたが、御指導と御鞭撻を賜りたいとも仰っていたな」
「相当な希少職。その上『無限剣閃』にとっても有効な力の持ち主ってことだよね……」
ユディトの分析にルディもリズも素直に同意する。
『無限剣閃』にあれ以上の攻撃力など不要だとしか思えない。
であればラルフが求めるのであれば、支援系だろうとなるのは当然の考察だ。
確かに昨日の模擬戦で「ロス村の奇跡の子供たち」を指揮していたのがソルだったことは、ルディたちにも理解できる。
だがそこにラルフをして、「是非パーティーを組みたい」と思わせる特別な何かがあったのかまでは流石にわからない。
昨日の大型魔物を新入生たちが倒しきってみせたことは確かに驚愕と称賛に値するが、自分たちでもその気になれば同じことをできるという自負もある。
もちろん単独でそんなことが可能なのは、ラルフだけだとはいえだ。
だがそのラルフが冗談でここまでのことをするはずがない。
生徒会に招き入れること程度であれば会長としての権限でなんとでもできようが、実際に魔物が湧出している『試練の森』へ2人で行く許可までとっているのだ。
となれば王立学院の教師陣も確実に関わっており、下手をすると王宮の関与さえあり得る。
『無限剣閃』とはこのエメリア王国において、現在それだけの扱いを受ける存在なのだ。
悔しさの方が強いルディ。
羨ましさが勝っているユディト。
だがリズだけは常のぽやんとしたキャラとは程遠い、獲物を狙い定めた猛禽類のような目を一瞬だけ浮かべていた。
自分が『弓使い』である以上、『無限剣閃』を上回ることはおろか、並ぶことすら不可能だということはすでに十分理解している。
だがラルフですら組みたがる支援特化職と組むことができれば、自分の戦闘能力を飛躍的に向上させることも可能。
そしてどんなにとんでもない能力であれその力を宿しているのが人間である以上、利害というのは戦闘能力だけに左右されるわけでもない。
ラルフにはまるで通用しなかったがリズは充分に美しい少女であり、ソルはまだ幼さの抜けきらないとはいえ男の子なのだから。
手段を選ばないのであれば、取り入る、あるいは取り込むやりようなどいくらでもあるのだ。
「会長が単独攻略主義を返上なさる位だからな……しかもすでに会長から誘って、断られているとも仰っていた」
「嘘じゃないのが本気でびっくり」
ソルの実力はラルフが保証してくれているというわけだ。
ソルは困った様子ではあったが、ラルフが口にした「袖にされた」という言葉を否定はしなかった。
つまりソルは『無限剣閃』からのパーティーの誘いを、本気で断っているのだ。
その上でも仲良くしようとラルフが思うほどの力を持っているということでもある。
「ソル君を介して、生徒会で一時的にパーティーを組むことができるかも……」
「それは……」
ユディトの言葉に、ルディが目を輝かせている。
この2人は心の底からラルフの信者であり、その可能性に素直に胸を高鳴らせているのだ。
リズとしてもその流れに異存はない。
その中でソルという少年と、余人よりもより仲良くなれればいいのだから。
だがリズですら、今の時点ではまだソルを『無限剣閃』より上だとはさすがに見なしてはいない。
この時点でその全容を知らないままとはいえ、世界で1番ソルの「プレイヤー」という能力を正しく理解し評価しているのはラルフであると言える。
今の時点でいうならば、『プレイヤー』をその身に宿したソル本人をすら凌ぐほどに。




