第160話 『生徒会』①
「ようこそソル君。今日からよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします」
王立学院の生徒会室。
ノックの後緊張しながら入室したソルに対して、落ち着いた声でラルフが歓迎の意を表している。
いかな王立学院とはいえ、生徒会はあくまでも学生たちによる運営組織に過ぎない。
にもかかわらず校舎とは独立した別棟として存在する生徒会室の威容は、下手な地方城塞都市の総督府にも劣らないほどに豪奢なものだ。
金のかけられた最高級の建物と調度品に、時の経過――積み重ねられた歴史という重みが加わることによって、そこへ足を踏み入れた庶民を圧するだけの威を伴うに至っている。
エメリアの現王が若き日に王立学院に入学し、生徒会長として君臨していた頃に建てられたものゆえに、王宮並みという評価は決して大げさなものではないのだ。
いかにとんでもない能力である『プレイヤー』をその身に宿したソルといえど、つい最近まではロス村の孤児院で寝起きしていた身としてはどうしても怯んでしまう。
まだ王立学院寮の自分の個室にすら慣れていないのだ、無理もない。
また昨夜とは雰囲気が違い、基本的な意匠は同じとはいえ細部が違う3年生の制服に身を包んだラルフがまた、いかにも上級生、大人らしく落ち着いた雰囲気を纏って巨大な執務机に座しているとなればなおのことである。
生徒会長の証である、漆黒に金糸で精緻な刺繍が施された聖首帯のハッタリもやたらときいている。
昨夜の出会いから一夜明けて、今は放課後。
だが入学式の翌日とあって午前で終了しているため、まだ昼一だ。
学食で緊張のあまり味のしない昼食を急いでかきこみ、人目――特に幼馴染たち4人のそれ――を忍んで生徒会室を訪れたソルである。
「会長から話は聞いている。私はこの生徒会で副会長を務めさせていただいているルディ・クラインだ。2年生で『職』は魔法使い。風系統の魔法を得意としている」
緊張で嫌な汗をかいているソルに対して、言葉そのものは固くとも気遣っていることが伝わるトーンで、眼鏡をかけて怜悧な印象を与える金髪蒼眼の美男子が自己紹介を始めた。
ソルにとってはありがたい助け舟である。
ルディ・クライン。
クライン子爵家の嫡子。
2年生筆頭の学業成績と実戦結果を誇る、次期生徒会長と目されている秀才だ。
『無限剣閃』の派手さに隠れがちではあるものの、「魔法使い」が希少職中の希少職である現在、実家と国家の双方から多大な期待をかけられている苦労人である。
「わたしは会計のリザ・エステルマンで~す。副会長と同じく2年生。『職』は弓使いだよ~。よろしくねソル・ロック君」
ルディの自己紹介を受けて、金髪碧眼の美女がそれに続く。
リザ・エステルマン。
エメリア王国で五指に入る大商会、エステルマン商会の末娘。
ぽやんとした話し方とは裏腹に、弓使い――遠距離射撃職としては突出した才能を有しており、抜群のスタイルをしていても適度な脂肪に包まれたその身体は引き締まっている。
中でも射程距離圏内においては必ず狙ったところへ当てられる『必中』の常時発動能力が強烈で、彼女が的を外すことはあり得ない。
学生でありながらすでに『不可避の射手』の通り名で知られている。
「私は書記のユディト・シュタットミュラー。みなと同じく2年生。『職』は双剣士だ」
最後の1人もまた女性。
固い口調に似合いの、冷たい印象を見る者に与える灰銀の瞳と長い髪。
まっすぐにのばされた艶のある髪と均整の取れた細身のプロポーションは美しいが、そこからは色気や愛嬌というものがまるで感じられない。
ユディト・シュタットミラー。
王国西部の大地主であるシュタットミラー家の長女。
双剣を駆使しての戦闘機動は洗練されていて美しく、リザの『不可避の射手』と同じく学生にしてすでに『剣舞』の通り名で呼ばれている。
無表情が常であるその美しい顔が、なぜか戦闘中だけは熱に浮かされたような妖艶な表情を浮かべることで多くの男子生徒のみならず、下手をすればそれを凌駕するほどの女子生徒たちの間で人気を誇っている。
「で俺が会長のラルフ・ヴェルナー。現生徒会唯一の3年生で、『職』は不明。あらためてよろしく、ソル君」
そして彼ら、彼女らを指名した生徒会長が、昨夜ソルが知り合った『無限剣閃』
ラルフ・ヴェルナーである。
生徒会長は3年生から選ばれるのが規律であり、その生徒会長が指名する生徒会役員も3年生が多くなることが定石だった。
だがラルフは敢えて同学年からは1人も選ばず、すべて2年生から選出している。
それに対して生徒はおろか教師陣にさえ文句を言わせないあたりが、『無限剣閃』という通り名の値打ちと言ったところだろう。
『聖教会』の聖職者や敬虔な信者たちにはあまりいい顔はされないが、市井の者たちの間では「神様は美形好き」だなどと言われている。
それは別に故なき戯言というわけではなく、神様から強力な能力を授かった者がみな美形である事は確かなので、わりと厳しく取り締まってもいつになっても消えない街談巷説というやつだ。
そんな前提があってもなお、ソルでさえ「ラルフさんは顔で役員を選んだのかな?」と思ってしまうほど、この生徒会は美男美女ぞろいなのである。




