第155話 『無限剣閃』②
「強いとか弱いとかじゃない。君たちの戦闘は異質……いやはっきり言えば異常だよ。拳闘士も魔法使いも、盾剣士も治癒術師も希少職であることは間違いない。だけどあんな無茶苦茶な戦闘を、能力を授かってすぐにできるほどのぶっ壊れ職でもない。となればそれを実現させたのは君だとしか思えない」
ラルフは今日の模擬戦に使われた魔物のことをよく知っている。
『無限剣閃』であれば余裕を持って倒せるが、ラルフを除いた3年生最強のフルパーティーでもギリギリ――死闘を繰り広げた末にどうにか勝利を拾えるかどうかだ。
過程をどれだけ有利に戦闘を進めていても、魔力が尽きた瞬間に能力者の戦闘能力は極端なほどに低下する。
パーティーの総魔力量が尽きるまでに倒しきれなければ、その時点で詰むのが魔物との戦闘というものなのだ。
その大前提とも言える部分を、「ロス村の奇跡の子供たち」は覆していたとしか思えない。
ラルフの『無限剣閃』と同じように。
そのラルフの戦闘分析を聞きながら、ソルは戦慄している。
できる人間が実際の戦闘を目にすれば、ここまでソルの能力を掌握されうるということを理解したからだ。
ソルはまだ幼いが馬鹿ではない。
マークやアラン、リィンやジュリアのようなわかりやすい戦闘能力に憧れる一方で、自分が得た力がいかにとんでもないものなのかをきちんと理解できている。
それゆえに周囲にその正体が露見すれば、自分がどう扱われるかなどわかったものではないということもだ。
持て囃されて美辞麗句を並べ立てられ、軍部や冒険者ギルド専属の戦力に縛り付けられる程度であればまだマシで、研究対象として幽閉されることすらあり得ないとは言い切れない。
取りようによっては神の奇跡を再現しているかのような「プレイヤー」という能力に対して、世界宗教である『聖教会』がどのように反応するかもソルにはまったく予想がつかない。
地上に遣わされた神権代行者とみなされるのであればまだしも、神の御業を真似る『神敵』とみなされた日には、その日がソルの命日になってもなんの不思議もないのだ。
そしてソルは、そういった悪意や理不尽から己が身を守る手段を持っていないこともまた理解している。
『召喚』という切り札があるのは確かだが、それがどんな力を与えてくれるか使ってみるまでわからない。
『プレイヤー』の弱点を補ってくれるものである可能性は高いとは思うが、それとて国家や世界宗教を敵に回してでもどうにかなるほどのものではないだろう。
自分たちだけで夢を叶える事に拘っている今のソルにしてみれば、自分たち5人の中に異物が生じることは出来れば避けたいという思いもある。
なによりも神の奇跡によって能力を授かることができるこの世界においてさえなお、人は突出した個の力で数の暴力を凌駕するには至っていない。
そんな奇跡が赦されているのは神話や御伽噺に語られる英雄たちか、魔物vs人という図式においてだけである。
ゆえにソルは『召喚』という切り札がどんなものであれ、国家や冒険者ギルドを敵に回してすらなんとでもできる力が手に入るなどという、あまりにも都合のいいことは考えられないのだ。
発覚すれば強力な能力ゆえに危険にさらされる危惧もあるからこそ、幼馴染にたちにでさえ自分が授かった『プレイヤー』の本当の力についてすべてを語ることをソルは避けている。
自分が「恩人」みたいな立場に立ってしまうことに対する忌避感もまた、その一因であることも確かなのだが。
「だから正直、今俺は自分の幸運に感謝しているところなのさ。どうやって君にアプローチしたものかと頭を悩ませていたら、まさかこんなところで逢えるとはね」
そうやって魅力的にニカっと笑うラルフに、ソルは正直ぞっとした。
「ロス村の奇跡の子供たち」の1人として目立つことですらもうしんどいのに、ラルフ程の有名人が教室に訪ねてくるところなど想像したら倒れそうになる。
あるいはここで偶然出会えたことは、ソルにとっても僥倖と言えるかもしれない。
お互いに内緒で、この場所で逢えるという状況が整ったのだから。
ソルはこれ以上目立ちたくなどないのだ。
だが――
「ああ、目立つのはまだ苦手か。わかるけどな。だけど諦めてはやくなれた方がいい。君が――君たちが目立たないままでいる事なんて、もう絶対に不可能なんだから」
それは不可能だよと、今現在王立学院において1番目立っている存在に否定されてしまった。
自分の言葉を聞いてうんざりしたようなソルの表情を見て、可笑しそうに笑うラルフ。
彼もまた己が神様から授かった能力によって、人々の耳目を集めざるを得ない立場に立たされた身であるがゆえにこそ、今のソルの気持ちがすぐに理解できるのだ。
あるいは今、対外的に見せているラルフらしさというものはすべて創り上げられた虚像に過ぎず、その本質はソルに近いのかもしれない。
「そしてどうせ目立つのなら半端はよくない。いっそ突き抜けてしまった方が、避け得ない煩わしさを減らすことになるのは間違いないよ」
「そういうものですか……」
耳にはお気楽に響くが、ラルフのその言葉はどこか真摯で、抵抗なくソルの心に届いた。
それは12歳になる年の1月1日まではソルたちと同じく無名でしかなかったラルフが、たった3年にも満たない期間のうちに『勇者』の再誕とまで持て囃されるようになったがゆえの説得力――経験と実績が持つ言葉の重みという奴だろう。




