第151話 『出逢い』①
エメリア王国王都マグナメリア。
その壁内の一角、巨大な学問街の中心にエメリア王立学院は存在している。
この時代、王族や高位貴族の子弟たちは王宮や邸宅へ家庭教師を招いての教育が一般的であり、王立学院へ通うことはまずありえない。
とはいえ王国において軍中枢や官僚管理を担う中堅貴族の子弟をはじめ、裕福な商家や地方領主の跡取りなどが生徒の大部分を占めている以上、王立学院が「名門」である事もまた間違いない。
王宮においても軍部においても、実務部門では王立学院学閥が圧倒的な支配力を持つことになるのは当然の帰結であり、それがまた力を持つ、もしくは得た家の子弟が王立学院入学を己の権益維持のための最低ラインとさせる。
大陸四大国家のひとつに数えられるエメリア王国の王都に学び舎があり、13歳になる年に入学してからの3年間を例外なく寮で過ごすことになることも含めて、どんな形であれそれなりの資産家の子として生まれなければ、そもそも入学すること自体がまず不可能なのだ。
よって王立学院には才能と財力を兼ね備えた、貴顕――いわゆる良いところの子供たちばかりが集まる状況と相成るわけだ。
とはいえなにごとにも例外はある。
いくつかある学部がそれぞれ行っている入学考査で一定以上の成績を収めた者については、学費も含めた3年間の衣食住の費用すべてをエメリア王国が出資し、その代償として卒業後は公職に就くという仕組みだ。
実際はそんな才能を13歳になるまでに発揮するにはそのための環境を必要とするため、ほとんど機能していないのが実情ではあるのだが。
だがそんな仕組みが十全に機能している、というよりも才能さえあればどんな生まれの者であっても、それこそ浮浪者であっても入学を許される学部が一つだけ存在する。
正式名称『能力開発学部』、通称『冒険者育成学部』がそれだ。
いわゆる対魔物戦闘の訓練、教育を専門とする学部である。
ここには12歳になる年の1月1日に魔物と戦える能力を神様から授かっており、そのことを証明さえできれば本当に誰でも入学することができる。
卒業後は軍属となるか、エメリア王国内の冒険者ギルドに登録して冒険者になることが義務付けられるのだが、どのみち魔物と戦える能力を十全に活かせる道はそのどちらかしかない。
なによりも庶民から見れば双方とも憧れの仕事であり、3年間もの間まったく元手を必要とせずに上等な教育を受けることができる代償としては、安すぎるものでしかないだろう。
たとえスラムで生まれ育った戸籍すらない子供であっても、そこに例外はない。
もっとも12歳になる年の1月1日に誰がどんな能力を神様から授かるかなど誰にも予測がつかないため、12歳になるまでの子供たちの保護政策は大国小国を問わずに充実している現在、スラム出身の冒険者というのは実はほぼありえない。
逆に12歳になる年の1月1日に有用な能力を授かることができず、わかりやすく孤児院等が世話をしてくれる期間が切れた子供たちが、スラムに流れ込むことが定番となっているくらいなのだ。
とにかく中堅貴族の子弟から、孤児院で育てられた孤児まで、本当に幅広い生徒たちで形成されるのがエメリア王国王立学院能力開発学部というわけだ。
そして今年、そこへ鳴り物入りで入学してきた子供たちがいる。
1000人に1人ともいわれる魔物と戦える能力に恵まれた子供が、田舎の小村で同じ年に5人も顕れたという『ロス村の奇跡の子供たち』がそれである。
『拳闘士』とみなされているマーク。
『魔法使い』とみなされているアラン。
『盾剣士』とみなされているリィン。
『治癒術師』とみなされているジュリア。
そしていまだ過去に合致する職、技能が確認されていないソル。
その5人が同時に入学してきたのだ。
一応は形だけ行われる入学考査の際に、彼らが叩き出したとんでもなく優秀な成績は在学中の上級生たちの噂にもなっていた。
その噂が本当であることは、今日の入学式で新入生総代を務めたマークがリーダーを務めた5人全員が参加した模擬戦で、最上級生でもほとんどの者たちが倒せない魔物を容易く撃破して見せたことで証明されている。
魔物と戦える力に恵まれた者の栄達が約束されている今の世界において、今やマークたちは誰一人として異論をさしはさむ者とてないエリートとみなされているのだ。
やがて英雄譚で語られることになるであろう英雄の卵たち。
その若き日々の最初の頁が、今日から始まったといったところだ。
「落ち着かない……」
だがつい最近までどれだけ言葉を飾っても寂れた寒村でしかないロス村で育ったソルにしてみれば、いきなり立派な王都の寮での暮らしが始まるのは落ち着かないこと甚だしい。
与えられた個室の豪華さもさることながら、すべて無料で提供される食事はもとより、今身に付けている部屋着や制服なども、どうしても「身の丈に合わない」と感じてしまうのだ。




