第150話 『魔王アルシュナ』③
それでも上位種であれば生まれた時から強者である竜躰、爪や牙、翼を使って互角以上の戦闘を行うことも可能だろう。
事実、千年前の全竜はその能力を知ってもなお『魔王』如きなど恐れておらず、己の真躰の性能のみで完勝できる自信を持っていた。
偽書『勇者救世譚』においても、『勇者』と『妖精王』のコンビと『魔王』は互いに魔力の行使を封じ合った挙句、最終的に肉体的強度の優劣によって決着したとされている。
『勇者救世譚』から派生した各種御伽噺で『勇者』が脳筋、『魔王』が儚げな美少女に描かれることが多いのはそのためだろう。
一方的に魔力を行使できる優位を『妖精王』に封じられた『魔王』は、『勇者』の筋肉の前に膝を屈したのだ。
だからこそ現在のルーナも躊躇なく『魔大陸』へ突貫しようとしたわけだが、ソルが止めたとおり今のままではまず勝てない。
人から見ればとんでもないレベルアップを経た超人である事は確かでも、今のルーナは分身体に過ぎず、『妖精王』に肉体的強度を求めるのは酷だろう。
対する『魔王』は千年前に『勇者』に屈したとはいえ、互角に戦いはしたのだ。
魔人種の肉体強度を考えれば、魔力を封じられてしまえば今のルーナとアイナノアには荷が勝ち過ぎる。
ソルについては言わずもがなだ。
つまり『魔王』と対峙するのであれば、ルーナの真躰や勇者の肉体的強度といったような、『魔破の瞳』を受けてもなお戦える手段の確保が必須なのである。
『魔王』の魔力行使を封じるための『妖精王』はすでに手のうちにあるので、まだマシと言えるのかもしれないが。
――アイナノアに『星墜』を撃たせるか……だが魔王が『魔大陸』にいるのであればどのみち無効化されるし、結局突入も不可能だ。もしも不在ならそのまま『魔大陸』を失うことになるが、今はそれが最善か……
今この瞬間に万全を期すには手札が足りない。
最悪『魔大陸』を失うことになっても、今この瞬間の最善手を取るべきだとソルが決断する、その寸前。
巨大すぎるがゆえにわかりにくいが、『魔大陸』はその高度を上げ、海岸線から明確に距離を取り始めた。
どういう仕組みか渦巻き始めた雲も雷光を纏うことはなく、周囲に被害を及ぼさないように気を使っているようにも見える。
「アイナノア、『星墜』は中断!」
「♪~」
とりあえずアイナノアによる攻撃を止め、様子見へと移行する。
――勝てないと悟った相手に、敵対の意思はないことを示しているみたいだな……
そのソルの希望的観測を裏付けるように、表示枠が外部からの干渉がある事を知らせてくる。
その内容表示の是非を問うてくる『プレイヤー』に対してソルが許可を出す。
次の瞬間、ソルの表示枠が一気に複数視界に浮かび、そのどれもが『魔大陸』からの同じメッセージを真紅の文字で繰り返して表示し始めた。
曰く――
『タスケテ』
それが狂ったように繰り返し表示され、次々とソルの周囲に浮かび上がる表示枠全てを真紅に染めてゆく。
さすがに硬直してしまったソルを前に、『魔大陸』はとんでもない速度で海岸線から距離を取り、遥か上空へと積乱雲を纏ったままに消えてゆく。
だがこれもまた敵対する意思がないことを示すように、自らの所在を隠すつもりはないらしく、ソルの表示枠は『魔大陸』の現在地を正確に捉え続けている。
もう悪さはしないし、しようとしたら『プレイヤー』の力で止めてくれればいいということらしい。
だからこそ今は見逃してくれと。
ソルにとってもまあ悪くない取引なので、逃げるに任せる。
対外的には「撃退した」と言っておけばそこまで過剰な反応もないだろう。
加速すればかなりの速度を出すことも可能らしく、すでに『魔大陸』は水平線に浮かぶ巨大な夏の積乱雲のようになっている。
その高速移動も含めて、より一層欲しくなっているソルである。
距離が開くにつれ、狂気のように繰り返されていた「タスケテ」の繰り返しは止まり始め、一つ、また一つとソルの周囲から真紅に染まった表示枠が消えてゆく。
最後に残った一つに、一言だけ映し出された言葉。
『アノコヲ、タスケテ』
ソルが助けるべき対象――アノコとやらが魔王アルシュナを指すのか、他の誰かを指すのか。
このメッセージは『魔大陸』を制御する管制管理意識体が発したものか、それとも魔王アルシュナ本人によるものなのか。
今はなにもわからない。
だがソルが『召喚』の際に目にしたすべての手札――『封印されし邪竜』、『囚われの妖精王』、『死せる神獣』、『虚ろの魔王』、そして『呪われし勇者』――を手に入れることを望むのであれば、すべての謎を解き、アノコとやらを助け出すしかない。
その副賞に『魔大陸』がついてくるというのであれば、全力を挙げることに否やなどあろうはずもない。
「さて、いったん帰還して作戦会議だね」
「はい……」
今の自分では『魔王』の固有能力に太刀打ちできぬことを悟ったルーナはちょっとしょんぼりしている。
それをなんとなく慰めている様子のアイナノアは可愛らしい。
だがソルにしてみれば『全竜』と『妖精王』は他の誰にもできない功績を上げたのだ、もっと胸を張ってもらいたいところである。
『魔大陸』の浮上に伴う災害を消し飛ばし、とんでもない数の魔物兵器と禁忌領域の領域主など比べ物にならぬほどの『魔神』四柱を相手にして、ただの一人どころか、港湾都市のインフラにも一切の被害を生じさせないなど、人がどれだけ軍を集めてもできることではない。
事実、工業や海上交易ではなく、リゾート地として栄えている複数の湾岸都市からソルたちは後日、感謝の招待を受けることになる。
だがまあ、今はそれどころではない。
ルーナは『魔王』と対峙するために「まずは真躰を取り戻すしかない」とでも考えているようだが、ソルはそんな悠長に構えているつもりなどない。
圧倒的な戦力を持つがゆえに個で完結している『怪物』たちには理解できないだろうが、ソルたち人間はパーティーでの戦闘――多対1での戦闘をことのほか得意としているのだ。
そしてソルの能力である『プレイヤー』は、パーティーでの戦闘をより効率的、つまりは芸術的な域にまで洗練することを最も得意としている。
なによりも千年前は『勇者』のような怪物とも比肩する存在以外、魔王アルシュナは人など警戒するべき敵とみなしてはいなかっただろう。
だが今はソルの『プレイヤー』によってそのレベルは3桁に至り、『固有№武装』などのとんでもない兵器も生まれている。
いまやソルの――『プレイヤー』の仲間に限って言えば、人は『怪物』に化けうる素体なのである。
しかも複数を以てパーティーを構成し、明確な役割を分担しそれに特化することすら可能と来ている。
無敵にも思える『魔王アルシュナ』の固有能力『魔失の瞳』とて、実際にその瞳でみなければ効果を発揮できないというのであれば、やりようなどいくらでもあるのだ。
「僕らのパーティー戦闘術もそう捨てたものではないところを、ルーナとアイナノアには見せてあげるよ。まあ期待しておいて」
自信ありげに笑うソルを、ルーナはびっくりしたような表情で見つめている。
そして嬉しそうに笑う。
今の『全竜』と『妖精王』では二体がかりでも勝てない『魔王』を、己が主は人のパーティーで倒すと宣言したのだ。
主が凄いことは、従僕にとっていつだって誇らしく、嬉しいことであるらしい。




