第145話 『魔大陸再起動』⑤
だいたい『禁忌領域主』の魔物素材から生み出される魔導兵器の時点で、もはや剣や鎧という『武器』の範疇を大きく逸脱し、強化外骨格のような装着型兵装となってしまっている。
ガウェインは魔物素材に触れればそれを最も有効活用できる最終形を天啓として得、完成させるために必要な技術や補助素材等もすべてを把握できてしまうらしい。
ソルにしてみれば「俺が長年、鍛え上げてきた技じゃねえ」的な思いに囚われたりしないかと心配もしたが、ガウェインとしては自身が12歳になる年の1月1日に神様から授かった能力――魔導鍛錬師という職とは初めからそういうシロモノらしい。
下位の魔物素材に触れて天啓を得た最終形へ至るために鍛冶の技術も身に付けたし、それに伴うあらゆる必要な物資、場所、知識、技術も骨惜しみすることなく習得してきた。
それが鍛冶の範疇を逸脱し、高度な軍事科学技術開発の域に至ったとて、天啓として得た最終形を自分の手でカタチにするために必要なことであれば、片っ端からそれを実践するだけだと割り切っている。
自身を天才だと思っていたエメリア王国王都の技術者たち、聖教会で逸失技術に触れることによって現代の技術を馬鹿にしきっていた神学者たちは今、ガウェインの助手として日々全力を絞り出している。
知識、技術という知の深淵に囚われてしまった度し難い者たちには、ガウェインを田舎者よ、地位の無いものよとバカにしている暇などない。
それが誰のおかげであったとしても、己が見たこともない知識、技術に触れられるのであれば寝食を忘れて己が全力を振り絞ることに否やなどあるはずもないのだ。
幸いにして通常であれば現実的に入手不可能な高難度素材であっても、ソル一党の手にかかればその日のうちにでも入手できるので、未知の物を創りあげるための最高の環境が整ってもいる。
あまり無茶をするなと言われても、もの造りに取り憑かれた子供の精神のままこの歳まで突っ走ってきたガウェインやその同類どもにしてみれば、それこそ無茶を言うなといったところだろう。
とんでもない魔物素材を手にしながら、完成させられないままとなっては死んでも死にきれないのだ。
ソルにしてみれば数百体の『固有№武装』――強大な強化外骨格を武器庫に並べられても使い道に困るのだが。
だがそんな心配は杞憂に終わりそうである。
なんとなれば浮上した魔大陸から巨大な四柱の光の柱が屹立したからだ。
その光が薄れていくと同時、とんでもなく巨大な『魔神』たちのシルエットが明確になってゆく。
それを倒して魔物素材として得ることができれば、ガウェインはまずその最終形を完成させるまで夢中になることは疑いえない。
あまりの対象の大きさから、出来上がるものが『天空に浮かぶ城』だとか、『星をも渡る船』だとかであってもおかしくはないだろうが。
「さて主殿。我の記憶が正しければ、あ奴らこそが『魔王軍』の虎の子です」
どれだけ邪悪なシルエットをしていようが、そのあまりの巨躯そのものがどこか神秘性を帯び、魔であろうが邪であろうがそれが『神』であると見る者に認識させる。
そんな人にとっては「抗えぬ絶対の死の象徴」のような敵を見据え、萎えるどころか戦意をみなぎらせているルーナを頼もしく感じると同時に、どこか呆れもするソルである。
いかなソルとても、こんなルーナと背後で機嫌よさげに歌って回っているアイナノアが側にいなければ、わりと絶望的な気分になっていたんじゃないのかなあと思うのだ。
実際にその2体に守られているため、4体いる『魔神四天王』のどれが最弱なのかなあ、などと阿呆なことを考える余裕すらあるのだが。
「……主殿、試しに我を操ってみますか?」
「へ?」
だがこのままルーナが『魔創義躰』で蹂躙するのかと思っていたら、冷静を装いつつもわりと前のめりな提案を受けて、間抜けな声を出してしまったソルである。
「いえ、宗教屋どもとの戦闘時、羨ましそうにされていましたよね?」
引かれたとでも思ったものか、ルーナがやや早口になっている。
確かに『聖戦』の際に顕れた新勇者と、彼が操った『神殻外装』をソルが羨ましく思ったことは事実だ。
確かその際にはルーナでも同じようなことができると聞いたので、真躰を取り返したら練習しようか、みたいな会話をしていたことも覚えている。
「え? そんなことができるの?」
「できます!」
だが未だ分身体のままのルーナであっても、そんなことができるとは初耳だった。
というか言い出すからには可能なのであろうが、それならもっと雑魚を相手に練習させてくれないものかと思わざるを得ないソルである。
まあルーナにしてみれば、浮上した魔大陸の上に屹立する四柱の『魔神』など雑魚に過ぎず、懐ききっている主に自分を好きに操ってもらう実験台としてはちょうどいい程度の認識でしかないのだ。
雑魚が過ぎればあっという間に終わってしまってルーナが残念だし、『魔神』が相手とはいえ死んだ『神殻外装』を操るのとは違い、ルーナの意識もしっかりあるので慣れぬ主のフォローもばっちりである。
要は『魔神』四柱が相手であれば、ソルが望んだような「練習」としてちょうどいいと判断しての提案というわけだ。
となればソルとしても、できるのであればやってみたいという欲求は強い。
自分が指揮役に徹することこそが『プレイヤー』という能力を活かすためには最も理想的だとは理解していても、己が意志、己が直接使役する力で魔物を倒したいという望みを消し去ることなどできはしないのだ。
理想を、効率を、完璧を追求しなくていい場面であれば、なおのこと抗い難い魅力がある。
考え方を変えれば最初の暴風や大海嘯、その後の雲霞の如き魔物兵器の異常湧出暴走でソルの不慣れがゆえにしくじれば人々に被害が及ぶ。
だがどれだけ巨大であろうともその数がたった4体ともなれば、ソルが多少しくじってもルーナとアイナノアのフォローで充分リカバリーできるとも言えるのだ。
「今はあくまでも疑似的なものですが……最終的には主殿には我が真躰を捧げます!」
主がわりと乗り気なことを確認できたルーナは嬉しくなって、ふんすとばかりに鼻息が荒くなっている。
ルーナにしてみれば合一した上で己が真躰を主が好きにぶん回すところを想像すれば、『全竜』にあるまじき緩み切った表情にならざるを得ない。
だがそれは真名を捧げた竜種にとっては本能のようなモノなので、逃れようがないのだ。
どんな生物よりも強く、それゆえに猛々しく誇り高い。
ゆえにこそ一度懐いた相手――真名を捧げた相手には、なにを犠牲にしてでも尽くすことこそが最大の喜びとなるのが竜種の逆らい難い性なのである。
「あ、ありがと? でもどうすればいいの?」
心から嬉しそうに頬を紅潮させ、尻尾をぶんぶん振っているルーナにとりあえず礼を述べるソルである。
とはいえ、ではどうすればルーナを、ルーナを介して『魔創義躰』を操ることができるかなど知るはずもない。
「お任せください! 失礼します!」
「いやあの……」
故に素直に聞いたのだが、ハイテンションなルーナが取った行動は予想外が過ぎるものだった。
てっきりなんらかの魔法を発動させる、それこそ初めて『召喚』した際のように光の鎖で繋がるだとか、そういうカッコよげなものをソルとしては期待していた。
魔力の糸で自身の胸の前に浮かんだ新勇者の動きを模倣していた『神殻外装』のシステムは、ソルにとってとてもカッコよく感じられたがゆえに。
だが実際は、かなり鼻息を荒くしたルーナが、正面からソルの頭に抱き着いて抱え込むような姿勢を取ったのだ。
ソルとしては「きょとん」としかできはしまい。
あれだけの戦闘を行った直後ながらも、汗一つかいていないルーナのサラサラの肌。
とはいえその感覚に特にソルはドキドキしたりはしない。
ドキドキしっぱなしなのはルーナの方であり、大型魔物数百体を殲滅しても平常だった鼓動は高鳴り、時間の問題で汗も滲んでくるだろう。
それでもしがみつけていることが嬉しいと見えて、ルーナは笑顔のままにソルの頭をお腹のあたりに抱え込む。
「主殿、準備はよろしいですか?」
「たぶん?」
準備と言われても「なにが?」と言いたくもなるが、まあ自分を操らせるのだから一見間抜けに見えても今の姿勢が正解なのだろうとソルは自己欺瞞に忙しい。
それに常に浮遊魔法を発動させているルーナなので、特に首や腰に負担がかかるわけでもない。
そもそも今ソルたちがいる位置とてかなりの高度なので、ソル自身も浮いているのではあるが。
「では行きます! 感覚合一!」
「!?」
なぜかどこかどやり気味にルーナが宣言した『感覚合一』はしかし、冗談でも見掛け倒しでもなかった。
無意識に捉えている自分という線引きが消滅するかのような心許ない感覚の直後、自分の中にルーナが、ルーナの中に自分が入っていくようなむず痒い――快感と鈍い痛みが綯交ぜになった不思議な感覚に包まれる。
それは入れ替わるのではなく、ソルとルーナの感覚が混ざり合い、一つのものになる過程で発生するものだ。
一瞬だけ自分に抱き着いているルーナの小躰が得ている触覚を共有した後、一気に視界が移動して遥か上空、この星が丸いことを一目で認識できるほどの高度にまで至る。
今その位置にルーナがすべての『魔創義躰』を重ね合わせ、己が主が初めて操るに相応しい巨大なたった一つを創り上げているのだ。




