第144話 『魔大陸再起動』④
無数の魔物兵器たちの『魔力』を吸い上げ尽くした『妖精王』に支配された水は自ら生き物のようにうねり、合流し、あるいはまた別れて次の獲物へと襲い掛かる。
最初は弾け、無数の雨滴のようだった水は魔力を限界まで吸収して合流したものから水龍の如き形を取り、今度は中型以上の魔物兵器に対して明確な「攻撃」を仕掛け始めている。
未だ魔物兵器から魔力を吸収できていない水礫は同じように外在魔力の吸収を阻害し、内在魔力を吸い上げる。
弱体魔法で吸い上げた魔力を以て攻撃魔法と成し、そのコンビネーションでみるみるうちに星空とそれを反射する海面を黒く染めていた魔物兵器たちを打ち減らしてゆく。
一応は仲間たちから吸い上げられた魔力を以て自らが屠られてゆく魔物兵器たちにもし感情というものがあるのであれば、そのあまりの悪辣さに呪詛の言葉を吐き散らかしていたことだろう。
先陣である小型・中型の魔物兵器――雑魚の群れはアイナノアが一掃した。
だが小型から中型はほぼ一瞬で始末できていたが、大型になってくるとその殲滅速度は目に見えて減速することを余儀なくされている。
負けはしないまでも無数の水龍と魔力吸収阻害の効果を持った水礫と、大型魔物の戦闘は拮抗しており、アイナノアが支配する水はその総量をわかりやすく減じさせてゆく。
すでにそれだけ巨大な――ルーナの魔創義躰級の魔物兵器しか残存していないということでもあるが、その数はソルの表示枠で確認するところによればまだ優に数百は存在している。
「さて次は我の番です、主殿」
「あー、なるほどね。大型魔物たちは内在魔力の総量と生成量、その双方が膨大過ぎて、アイナノアのこの方法だとすぐには堕ちないってことか」
「♪⤵」
その様子を見て「真打登場!」とでも言いたげなルーナが、薄い胸を反らせてふんぞり返っている。
アイナノアとてこれで手詰まりというわけでもないのだろうが、その本質が強化と弱体、大規模外付兵装を使用しての戦闘支援能力が神髄である『妖精王』としては、対デカブツの戦闘はそう得意ではない。
ソルが理解したとおり、外在魔力の吸収を阻害し内在魔力を吸い上げても、元々膨大な魔力保有量と生成量を誇る大型魔物とは相性が悪いのは確かなのだ。
どこか拗ねたような響きの旋律を以て、アイナノア自身もそれを肯定している。
「搦手など無粋! 最終的には圧倒的な暴力こそがすべてを解決します!」
「うーん、竜らしいというべきなのかな……」
ノリノリのルーナがその小躰から魔導光を噴き上げ、もはやお馴染みとなった『魔創義躰』を数十体現出させる。
『聖戦』などによる膨大なレベル・アップを経た結果、ルーナはすでに『魔創義躰』の多重召喚をソルの力に頼ることなく発動可能となっている。
だがその膨大なM.P消費量は健在であり、多重召喚の数に応じて跳ね上がるのは自明の理だ。
とんでもないレベル・アップの果てにルーナの分身体が持つM.P総量と内在魔力の生成量、スピードは桁違いのものになっているが、それでもさすがにソルの『魔力回復』に頼らねば短期決戦を強いられることになるだろう。
その事実を肯定するかの如く、『魔創義躰』たちが神速で大型魔物兵器たちへと肉薄し、無数の『竜砲』を以て片っ端から薙ぎ払う。
敵の攻撃は慈悲なく弾き、こちらの攻撃は掠っただけでも大型魔物の保有するH.Pの大部分を消し飛ばす。
その蹂躙を目の当たりにしたソルは、ルーナは敢えて前座をアイナノアに譲ったんだろうなあと理解した。
ルーナがその気であれば、間違いなく先陣の雑魚の群れなど『竜砲』の一閃で薙ぎ払えたに違いないからだ。
だがルーナはルーナで、一応の考えを持って行動している。
主の能力である『プレイヤー』がとんでもない神技をいくつも保有していることは理解しているが、従僕たるものそれに頼り切っての戦闘をよしとするわけにはいかないのだ。
主の助けなくば「魔力が切れちゃいました」では、『全竜』たる己としての沽券に関わる。
よって今回、初手でアイナノアに敵の魔力を吸収、保持させ、それを魔力の貯蔵庫とすることで、『魔創義躰』の多重召喚を主の力に頼ることなく維持させるべく連携しているというわけだ。
その証拠というわけでもないが、アイナノアが支配する水龍は定期的に近場にいる『魔創義躰』に自ら吸収されることによって魔力補充を行っている。
敵の保有量、生成量が膨大なため内在魔力を枯渇させることが出来ない水礫もまた、限界まで魔力を吸い上げては水龍と化して魔力貯蔵庫としての役割を果たしている。
現在のところ、ソルは『プレイヤー』の能力を以てこの戦いに介入していない。
己が統べる2体の『怪物』たちに殲滅を命じ、その趨勢を見守っているに過ぎない。
『全竜』と『妖精王』が共に戦うことによる相乗効果とは、事程左様に凄まじいのだ。
敵の外在魔力の吸収を阻害し、奪った内在魔力を我がものとして使用できる『妖精王』
魔力の攻撃力転換効効率が他種族の追随をまるで許さない『全竜』
ことさら自分が『プレイヤー』の能力を以て指揮や支援をしなくとも、この2体であればどんな敵でも苦もなく排除してしまいそうだとソルは思う。
事実、数百も存在していた大型魔物たちはルーナの『魔創義躰』の前に成す術を持たず、『竜砲』で薙ぎ払われ、爪で裂かれ、体当たりで砕かれてそのすべてがものの数分もたたないうちに掃滅されてしまっている。
つまりこの世界の戦闘においてその勝敗を決するのは内在、外在を問わず結局のところ『魔力』なのだ。
あらゆるものに兌換されその効果を発揮する『魔力』を支配するモノこそがこの世界における最強だと定義するのであれば、『全竜』や『妖精王』といった『怪物』たちはまさにその一角を占める存在たり得るだろう。
だが消費され失われた魔力すら瞬時で回復できる『プレイヤー』こそが、その定義においては至高となることもまた間違いない。
無から有を生み出してこそ神なのだ。
たとえそれが久那土からのモノであったとしても。
その自身もとんでもないレベル・アップを経たことで『プレイヤー』の基礎能力が桁違いに向上しているソルの表示枠によれば、アイナノアが牙鼠よりも簡単に蹴散らした魔物兵器1体1体がバジリスクなどの領域主よりも高レベルであり、今ルーナがノリノリで殲滅した大型魔物に至っては『固有№兵装』の素材となった『禁忌領域主』たちよりも遥かに強いとされている。
――ちょっと拙いかなこれは……
プールされてゆく膨大な経験値――任意の仲間を自在にレベル・アップさせることが可能な資源の獲得もさることながら、今回入手した魔物素材の山を、さてどうしたものかとソルは頭を悩ませる。
『んなもなぁ全部! 片っ端から儂のところへ! 持ってこい!』
とソルの心の中のガウェインは頼もしい表情で破顔一笑しているが、本当に持ち込んだら最後、あの魔導兵装狂いのじいさまは今度こそ天に召されかねない。
『固有№兵装』の№Ⅰモデル【魔犬】から№Ⅸモデル【九頭竜】を完成させるまで最低限の食事と睡眠しかとらず、それでもギラギラした目と楽しくて仕方がないという表情を維持したままだったのだ。
完成後、装着者たちによる試運転を確認した後はぶっ倒れて、そのまま三日三晩目を覚まさなかったのだが。
この上数百体の『禁忌領域主』級の魔物素材を届けでもした日には、本当に工房にこもったまま永遠の別れになってもそこまで不思議ではないだろう。




