第143話 『魔大陸再起動』③
まず、最初に動きだしたのは『妖精王』アイナノア。
アイナノアが広大な海岸線に押し寄せた暴風と大海嘯の勢いと物量をそのままに、球状に保持しているあたかも地上に降りた月の如き回転する大水球。
満天の星の光と月明り、それら天空の輝きを反射する海面の光を孕んで、幻想的な光景をこの水球を目にしている、内陸部に避難しているすべての者たちに見せつけている。
その中心にエメラルドグリーンの魔導光が燈り、あっという間に巨大な水球ばかりかその周囲の空間までをも美しいその色に染め上げる。
楽し気に、踊るようにくるくる回っているアイナノアの身長よりも長いツインテールも同色の魔力の光を宿し、膨大な水と風――自然現象の集合体を己が攻撃手段へと変じさせてゆく。
「♪~♫~」
アイナノアの愛らしい唇から発される、声ならざる美しい音――旋律に合わせて、まるで生き物のように一瞬で何度もその形を変えた大水球が最終的に螺旋状にほどけ、次の瞬間に光と風と共に弾けた。
浮上した「魔大陸」から雲霞の如く押し寄せてきている、千年ぶりに目覚めた魔物兵器たちの群れ。
ソルたちの位置からであれば、魔物兵器たちのあまりの数ゆえに空も海も埋め尽くされて、その大部分を肉眼で捉えることができないほどの大軍勢となっている。
空と海を併せても3分で、魔物兵器の黒い影が7分の状況だ。
その全域へ向かって天空に咲いた大輪の大花火の如く、エメラルドグリーンの光が殺到する。
無数の水礫を形成する核は海水、纏うは暴風。
自然湧出する魔物を基に、人に仇為すべく凶悪な生態改造を受けた忌むべき敵へ、はじけた水と風――妖精王の魔力を宿した水礫が避けようもなく次々と着弾する。
降りしきる豪雨の水滴すべてを避けられる者などないように、雲霞の如く押し寄せている魔物兵器も、その数をはるかに凌駕する無数の水礫を躱しきることなどできはしないのだ。
だが妖精王の水礫は、魔物兵器を砕けない。
ただ着弾したところで弾け、魔物兵器の強靭な外殻を濡らすのみだ。
だが攻撃ではないからこそ、万を超える数の中での上位種たちが展開した防御魔法陣でも防ぐことは能わない。
もちろん魔物たちがその身に纏う膨大なH.P――不可視の防護障壁も機能しない。
人が使用する防御魔法陣とて、ただの風や雨滴を防ぐことなどはしないのと同じだ。
それらの『不可視の障壁』や『魔法的防御手段』は魔力的、あるいは物理的な力を伴った『攻撃』に反応して防ぐ、弾く、もしくは反射することは可能でも、「攻撃」ならざる現象にはまるで効果を発揮しないのだ。
それを知るからこそ、アイナノアは暴風と大海嘯を魔法障壁などで防ごうとはせず、自然を統べる己の魔力で力の方向性を制御し、大水球とその周囲を渦巻く竜巻と化して支配下に置いたのだ。
ではアイナノアはなにを目的として、魔物兵器の群れを己が魔力を宿した水でただ濡らしたのか。
それは1体ごとに数えきれないほどの水礫が着弾した結果、濡れ鼠になった魔物兵器にとある現象を引き起こすためだ。
大なり小なり、すべての魔物は魔導生物の一種であり、どの個体も等しく魔導器官を持っている。
だがアイナノアの魔力が宿った水に覆われた魔物は、外在魔力を吸収するための魔導器官の機能を無効化される。
要はアイナノアの魔力による被膜に覆われた結果、外在魔力を吸収できなくなるのだ。
それと並行して、魔物が持つ膨大な内在魔力を吸収する。
そうなれば先陣とばかりに雲霞の如く押し寄せてきている小型、中型の魔物兵器たちなどひとたまりもない。
魔導生物にとっての『魔力』とは生命力そのものと同義であり、それは生体改造を経て兵器として運用されていてもなにも変わらない。
魔導器官を封じられて外在魔力を吸収できず、内在魔力を生成量以上の速度で吸い上げられては、なすすべもなく活動を停止する――死ぬしかないのだ。
結果、魔力を吸い上げられた魔物兵器たちが飛行能力を喪失し、力無く次々と海へと墜ちてゆく。
それらは片っ端からソル――『プレイヤー』のパーティーに倒されたのだと判定され、ソルの異相空間へと格納されてゆく。
それだけではない。
ソルの視界に浮かぶ表示枠では、恐ろしいほどの速度でその桁を跳ね上げてゆく取得経験値が表示されている。
万を優に超える魔物の軍勢――異常湧出暴走を1匹たりとも逃さずに狩り尽くしているのだから当然ともいえるが、さすがにその数値はとんでもなさすぎる。
「えげつないね……」
「♪~?」
呆れるというよりどこか空恐ろしくなって思わず口にしたソルの言葉がよくわからないとでもいうように、あざとく首を傾げてただご機嫌なアイナノアである。
人の能力者がどれだけ強大な力を持っていたとしても、突如発生した上に広大な範囲に及ぶ、最初の暴風と大津波に対処することなどできるはずもない。
よしんばそれらは自然災害として受け入れるしかないとしても、浮上した『魔大陸』から溢れ出した魔物兵器の群れ、その数の暴力の前には蹂躙されるしかなかったはずだ。
それは全竜を召喚するまでのソル――『プレイヤー』の能力を以てしても覆すことなど出来はしない。
それを今はたった2体――『全竜』と『妖精王』が鼻歌交じりで、鎧袖一触という言葉の見本かのように駆逐していっている。
怪物たち――『封印されし邪竜』、『囚われの妖精王』、『死せる神獣』、『虚ろの魔王』、そして『呪われし勇者』
それらを統べるモノには、この世界には敵らしい敵など存在しないのかもしれない。




