第140話 『猫は遍在する』③
「マジか……なんかもうなんでもありだな、ソル様御一党は」
久しぶりにソルと再会したスティーヴが、あきれたようにそう言って笑う。
冒険者ギルドにおけるトップとしての激務で蓄積した疲労は隠しようもなく顔に出ているが、ガウェインと同じくそれ以上に充実感に満ちてもいて、その精悍さ、男っぷりは上がっているとも言えるだろう。
ソルからここしばらくの顛末を、神獣アヴリールの権能と共に一通りの説明を受け終えたところ。
だがスティーヴにしてみれば自分の口にした台詞の半分くらいは、明日以降ソルが開始する桃色生活に対してのものでもある。
尤も自分がそうなりたいのかと問われれば、スティーヴは全力で否定するだろう。
暮らしを共にするのは本命一人で充分であり、たまに遊ぶのであれば外でに限る。
それが全員一つ屋根の下にいるばかりか、みな本命のようなものとなれば胃が痛くなる方が確実にはやい。
世の皇族王族サマや貴族の皆様方は、よくやっていらっしゃると嫌味ではなく本気で感心してしまうスティーヴなのだ。
しかもそのお相手に王女様だの、全竜様だの、妖精王様だのも含まれているとなれば、もはや一人の男としては理解の範疇を超えている。
それをまあ「そう悪くないか」程度で受け入れてしまえるソル様には、男として感服仕る所存なのである。
――個人的には古くから知っている、リィン嬢ちゃんが「正妃」になって欲しいけどねぇ
とはいえこればかりは口に出すのも野暮というものだ。
せめてみんな仲良く、その上でソルにとって心の安らぐ空間になってくれることを祈る事くらいしかスティーヴにはできない。
たぶん無理だとも思ってはいるのだが。
この場には「旦那に見せる!」と言ってすっ飛んで帰ったジュリアを除いた、ソル、ルーナ、アイナノア、アヴリール、リィン、エリザ、フレデリカが揃っている。
さすがにこのメンバーで外食はせず、王城に戻っての晩餐の席だ。
今夜から明日にかけて家具が持ち込まれ、一通りの調整を済ませて明日の夜からは「新居」での暮らしが開始されるので、王城での晩餐は一旦今日が最後となるだろう。
「ははは、正直僕もそう思います」
それもあってここ数日でも最も豪華な料理群に舌鼓を打ちながら、スティーヴに応えるソルである。
「とはいえありがてぇことは確かだ。すぐにそれを前提とした依頼や正式任務の再編を進めさせてもらうよ」
「お願いいたします。各国の正規軍への展開は私共で進めさせていただきます」
だが冗談はさておき、スティーヴは神獣アヴリールの権能の有用性を正しく理解している。
すかさずフレデリカが言葉を重ねたとおり、地上における人の生活圏、その大部分の哨戒や治安維持は各国の正規軍が請け負うことは今までどおりだ。
例えばそこへ部隊につき1体の分躰が付くことの意味は果てしなく大きい。
いざとなればほぼ瞬時に『神獣』の真躰が顕現可能な哨戒部隊が無数に存在するということは、少なくとも『神獣』以上の戦力が無ければ地方反乱すら不可能になるのだから。
極論、少数の哨戒部隊が盗賊の本拠地を発見すれば、それで壊滅可能なのだ。
そしてそれは冒険者たちにとっても同じことだ。
まさか全パーティーに分躰を付けて安全に攻略をさせるなどということまでは考えていないが、依頼や正式任務の難易度や重要性に応じて受けたパーティーにつけておけば、その達成率は間違いなく100%となるだろう。
重要度の高い依頼や正式任務が絶対に失敗しないというのは、冒険者ギルドにしてみればとてつもなく大きい。
そしてそれはソルからある程度の裁量権と共に、一定数の分躰を与えられていれば可能となるのだ。
本来、依頼や正式任務の失敗率は決して低くはない。
だからこそ受けたそれらを確実に完遂できるパーティーや冒険者たちの評価が上がり、その等級を上げていくことになるのだ。
乱用すれば冒険者という存在が、厄介事の場所まで『神獣』の分躰を届ける役目に堕してしまう可能性もあるが、使わないという手はない。
極論、有望な冒険者たちを失うことがなくなるというだけでもその価値は計り知れない。
「あ、はい、よろしくお願い致します」
冒険者ギルド運用の再構築に瞬時で頭を回すスティーヴだが、どうしても王族と同格として会話できる自分の今の立ち位置になれることができない。
フレデリカがいちいち訂正せず、流してくれることがありがたい。
「スティーヴさんだけがなかなか慣れませんね」
「……ソル様の方がおかしいとおっさんとしては思うんだが」
その様子を面白がるソルだが、スティーヴは自分こそが常識人だと思っているので腹も立たない。
「この後クリードさんも参加しますし、イシュリー教皇猊下もあと数日で王都に到着する予定らしいです。3人でおっさん連合でも結成しますか?」
「あのなぁ……」
スティーヴにしてみれば勘弁してくれといったところだろう。
魔神とまで呼ばれた現存魔族の長と世界宗教の教皇。
そんなのとセットでつるむのなんて冗談ではない。
だがソルにしてみればスティーヴも国家から離れた最大組織『冒険者ギルド』の長なのだから、悪くないバランスだと思うのだ。
実際この後、スティーヴが中心となって魔族代表クリード、亜人種の代表、獣人種の代表、そこへイシュリー教皇とエゼルウェルド王を加えた『賢人会』が成立する。
もっとも最後までスティーヴはそれを「老人会」と呼ぶことになるのだが。
「ところでスティーヴさんはどうするんですか? 専用御猫様」
『ご希望をイメージしていただければ如何様にでも』
一通りの情報交換も終わったので、ソルが当然スティーヴにつける分躰についての話を振る。
アヴリールもやる気満々である。
スティーヴは「自分らしい考え方ができなくなりそうでなあ」の一言で、『プレイヤー』による能力付与や、魔導基礎衣類を身に付けることを今のところ固辞している。
だからこそ重要人物の護衛として、スティーヴに分躰を付けることは確定事項なのだ。
「……んなこと言われても俺ぁ「可愛らしいもの」に特に拘りなんてねえぞ?」
「とかいいつつ、めちゃくちゃ可愛らしいのが顕れたら笑えますね」
「勘弁してくれよ……」
少々本気でそんな可愛らしいのが出てきたらどうしようと、アヴリールの前脚で手をもみもみされながら身構えるスティーヴである。
「おお!」
だが豪奢な椅子に座るスティーヴの背後にすうっと現れ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら鼻先を擦り付けてくるのは、巨大な銀豹である。
「こういうのもアリなんですね?」
「カッコいい……」
「私もこういう系統の方が……」
愛玩動物どころか、護衛として充分な風格を誇るその精悍な肉食獣のしなやかな姿に、リィンとエリザ、フレデリカが反応する。
確かに「可愛らしさ」だけではなく「カッコよさ」に振り切ることも可能なのだ。
スティーヴがこの銀豹を従えて、冒険者ギルド長の椅子に座している姿はかなり様になるだろう。
これは女性だけではなく、男性も己の箔のために分躰を与えられることを望むようになっても不思議ではないはずだ。
『ふふふ』
当のアヴリールは分躰も自分の一部という認識らしく、どれだけ褒められても焼きもちを焼くようなことはなく、ふんぞり返って自慢げである。
なんとなく面白くなさげな全竜と妖精王を見ながらソルが苦笑いを浮かべていると、その顔横に突然表示枠が浮かび上がった。
『ソル様。お食事中に申し訳ございません』
映し出された映像は、この後合流するはずであったクリードである。
「構いません。なにがありました?」
そつのないクリードが表示枠を使ってまで連絡をしてきたからには、なにかがあったことは間違いないとソルは即座に悟る。
『少々拙い事態が発生いたしました。この千年で朽ち果てていると判断していた我ら魔族の地、『魔大陸』の再起動が確認されました』
『魔大陸』
千年前の『勇者救世譚』においてはクリードの言葉通り、魔族たちの本拠地とされていた地。
だが今ではどこにもそんな痕跡は残されておらず、魔大陸が本当に存在したのかすら疑いの目で見られている、御伽噺の登場要素のようなモノ。
だがクリードがそういうからには、実在したのだろう。
「再起動?」
とはいえ再起動という意味がソルには理解できない。
今はどこにもないはずの『魔大陸』が、どういう状況なのかがわからなくてソルは聞き返す。
なぜそれが「少々拙い事態」なのかも。
『はい。現在の外在魔力濃度であれば、はやければ10日ほどで『浮上』致します』
そう応えるクリードの声は、らしくなく緊張をはらんでいる。




