第137話 『同床異夢のハーレム』④
「あの……許可はいただけるのでしょうか?」
ジュリアからの意外な情報にフレデリカもびっくりはしているものの、話を進めなければ埒が開かない。
具体的な「誘惑」がどのようなものになるかはさておき、まずは同居とともにその許可をもらえなければ何も始まらないのだ。
「いやあのね? 僕が本気で誰かの誘惑に落ちたらどうするのさ?」
「? それが目的な訳ですけれど」
確かにソルとしても「よかろう」などと言い難い話題でもあるのは間違いない。
とはいえ反射的に出た疑問はフレデリカにとっては愚問としか言えまい。
この時点で女性陣から異議が上がらないということは、みな最終的にはそうなることをよしとしているということに他ならないのだ。
なにを今さらという話である。
「だけどもしも誰かとそうなったら、他の子は気まずいだろ!?」
「その時はソル様がどうなさるかをお決めになっていただければ……」
誰かがソルの「誘惑」に成功した場合、その後の展開はざっくり二つに分かれるだろう。
もはやそうなることをよしとしたソルが相手も望んでいるという大前提の元、全員をお手付きにしてしまうのがフレデリカとしては一番望ましい。
だが例えばリィンとそうなった場合、ソルの中の実際主義と情緒が戦って後者が勝利する可能性も充分に考えられる。
その場合リィンを正妃として迎え、しばらくは側妃など不要となっても不思議ではないのだ。
最悪それでもフレデリカはかまわない。
ソルという絶対者が一人の女性とそうなることは第一歩目として充分だし、とくに今慌てなくてもソル自身はまだまだ若いのでそう問題でもない。
ただソルの性格上、一度受け入れた女性陣を誰かとそうなったからと言って追い出すのは難しくなるだろうとも予測している。
フレデリカの理想としてはリィンとまずはそうなってもらい、そのリィンからの援護射撃を得ることによって、少なくとも今回同居を始める自分も含めた5人程度はお手付きにして欲しいといったところなのだ。
大国の王が正妃側妃を合わせて片手で収まるというのはなかなかに珍しい。
すべての国を支配するソルともなれば、やはり規模としては将来的には『後宮』を見据えたいというのが為政者側としてのフレデリカの意見である。
「に、妊娠とかしたらどうする? みんな迷宮攻略にも魔物支配領域開放にも、最終的には『塔』攻略にも重要なパーティーメンバーなのに」
さすがに生々しすぎてソルも言い淀んでいるが、確かに重要な問題だ。
ソルにしてみれば以前リィンとのデートで語ったとおり、フレデリカやエリザは重要な攻略メンバーだと看做している。
竜種であるルーナは卵を産むのかもしれないが、アイナノアは妖精族とは言え基本は人と同じだろうし、万が一『全竜』と『妖精王』という二大戦力が妊娠による戦線離脱となれば、それこそ攻略どころではなくなってしまうのだ。
「私どもとしては、それ以上に重要だとお考え下さい。それにソル様が私たちの誘惑に屈してくださるということは、ソル様にとってもそうなったということかと……」
「……なるほど」
だがソルのその杞憂に対しては、フレデリカにスパンと返される。
誘惑するのはフレデリカたちだが、それを受け入れるのはソルなのだ。
その時点で優先順位が更新されているというフレデリカの言は尤もである。
もちろんソルの夢――迷宮攻略や魔物支配領域の解放、その後の『塔』への挑戦を軽んずるつもりなどフレデリカにあるはずもない。
たしかにソルと共に未知の迷宮、魔物支配領域、果ては『塔』までもを既知として行く冒険には胸が躍る。
歴史ヲタクとしての血も騒ぐし、子供の頃からの夢であった『拳撃皇女アンジェリカ』のようになれている今の自分を手放すのは惜しいという気持ちももちろんある。
だがそれらすべてを、一人の女性としてソルと共にあれる事の優先順位が上回るという話に過ぎないのだ。
そしてそれは、今の提案に否やを唱えない他の女性陣たちも同じだろう。
たまたま幸運に恵まれて自分たちはソルの主要攻略メンバーとなれているが、それはソルの『プレイヤー』の能力と、ガウェインがこれからも生み出す『魔導兵器』があれば極論誰にでも務まる。
であれば本当の意味でソルにとって替えの効かない存在になりたいというのは、女性たちの本音でもあるのだ。
全竜と妖精王については確かに代替は効かないので、そのあたりはソルの自制心に期待するしかないだろう。
文字通り人外の美貌を誇る2体には、ちょうどいいハンデだと思わなくもないフレデリカなのである。
だが――
「大丈夫です主殿! 完全避妊? の魔法もあります!」
はきはきと答えるルーナに、ソルと聞こえていないふりをしていた男性陣が天を仰ぐ。
そうなのだ。
全竜は淫魔を捕食しているがゆえに、そっち方面を本業とするありとあらゆる魔法をすでにその身に宿している。
妊娠による戦力低下の心配もないとなれば、いよいよソルの逃げ道は防がれる。
フレデリカとしても初手から「お世継ぎを!」などと意気込むつもりもなく、まずはそれを望める環境を整えられればそれでいいので、全竜の発言は朗報の類である。
「それに最初にお伝えした通り、ソル様が不快感を持たれた場合は即座に中止します。テレ隠しや反射的な拒絶ではないことがそれとわかるように、セーフワードを決めておけば良いかと」
だがどこまで行っても最終的な決定権はソルにある。
今ここでフレデリカのお願いを断ることはもちろんのこと、受け入れたとしても「誘惑」が不快なのであれば、即座にやめさせることも可能にするとフレデリカが畳みかける。
「セーフワード?」
だがフレデリカが口にした聞きなれない言葉に、ソルだけではなく若者連中は首を傾げた。
「……おい我が娘」
だがエゼルウェルド王とフランツ王太子は、今自分の愛娘、愛すべき妹姫が口にしたとんでもない単語の意味を理解しているらしい。
「どこでそんな単語を知った!?」
「それはお――」
「――わかったやめろ」
だが「しまった」という表情を浮かべて赤面するフレデリカが答えようとしたその言葉を、親子二人揃って真顔で制止する。
「?」
その後に続く言葉が「母様」なのか「義姉様」なのか、あるいはその双方なのか。
もはや知られていることは仕方がないとはいえ、聞きたくはない事実というものは大国の王や王太子にも存在するらしい。
ソルにはいまいちわかっていないのだが。
とにかくそういう合言葉を定めておけば、フレデリカたちは許可された誘惑すら即座にやめると宣言していることは理解できる。
自分がその合言葉を口にできるかどうか、甚だ自信のないソルである。
リィンはもちろん、フレデリカもエリザもそれぞれ方向の違う美女たちだし、ルーナやアイナノアに至っては普通に見惚れてしまうレベルで美しいのだ。
そんな連中に本気で誘惑されて、平気でいられると過信できるほどソルは自分が枯れているとは思っていない。
「……ですがソル様。我が娘であるフレデリカを含めて、今同居と誘惑の許可を求めている女性たちは、おそらくソル様以外の男性と共に生きていくことはすでに難しい立場となっていることも事実です。何卒ご許可をいただくわけにはまいりませんでしょうか」
だが気まずさからかエゼルウェルド王の入れたフォローも確かである。
すでに世間で「ソル様のハーレム・パーティー」などといわれている女性たちを、ソル本人から下賜でもされない限り恋人や妻に迎えようという豪の者はそうそうおるまい。
絶対者の不興を買う可能性がある相手を伴侶とする必要など、身分が上がれば上がるほどありはしないし、今のフレデリカたちが市井の青年たちと知り合う可能性などほぼ皆無なのだから。
「ソルが鉄の自制心を持っていればいいだけじゃない?」
「17歳の健康な男には拷問じゃないか?」
にやにやと笑うジュリアに、珍しくソルが弱音を吐く。
だが朴念仁で冒険狂いのソルが自分たちをそうみてくれているというだけで嬉しくなってしまうのだから、フレデリカを含めて女性陣もソルに対する気持ちはしっかり打算だけではなくなっているのだろう。
「一理はあるけど、もはや世間様からは「ソル様のお手付き」なんだからさ。責任とろ?」
「えぇ……」
ともかくソルは押し切られてしまった。
まあ自分の欲望にどう折り合いをつけるかはおくとして、憎からず思っているのであればつべこべ言わずに受け入れればいいのだ、「英雄色を好む」とは古来から言われているわけだし。
それでも心の底から「誰か一人と添い遂げたい」と思うのであれば、それを押し通せばいいだけだ。
そうすることが可能な力を、ソルは持っているのだから言い訳は不要なのだ。
とにもかくにも、明日からは迷宮と魔物支配領域を攻略する日々を、5人の美女たちと常に共にすることと相成ったわけである。




