第136話 『同床異夢のハーレム』③
「えっと、それはどういう……」
許可をくれといわれても、それが具体的にどういうものかを理解できなければ是非の判断などできるはずもない。
公的な仕事においては常になにをソルに判断して欲しいのか、そのための詳細資料はどれで、その概要をわかりやすく説明してくれるフレデリカである。
思わずそれを求めてしまったソルを責めることは出来ないかもしれない。
「その……許可をいただければ、同居させていただく女性陣で具体的な内容を決めさせていただければと……申し訳ないのですが、それには全竜様も妖精王様も参加していただきたく存じます」
だが半ば以上「仕事」でもあるという認識を持っているフレデリカであれど、こっち方面は知識だけあっても実戦経験が決定的に欠けているだけに、なかなかにグダグダなのである。
常らしからず、まずは許可を取っておいて具体的手段は女性陣で詰めようといったところらしい。
だがそこへ全竜はもちろん妖精王を加えることを忘れないあたり、常の抜かりなさまでもが失われているわけではないようだ。
「アイナノアも?」
「はい」
「だね」
「その方がいいねー」
ソルにしてみればルーナはともかくアイナノアも? という素直な疑問なのだが、女性陣に言わせれば認識が甘い。
フレデリカ、リィン、ジュリアの順でほぼ同時に首肯し、ここまであまり共にいることができなかったエリザだけが、その反応に対してちょっとびっくりしたような顔をしている。
先刻のフレデリカの発言に対してルーナと共に意気込めるほどにはアイナノアの人格はすでに十分形成されており、まだ無垢だった自分ゆえに獲得できた既得権益――常にソルにくっついていられることを維持するためにそれを隠蔽していることを、すでにルーナとエリザ以外は確信するに至っているのだ。
これから本格的にソルとの同居を開始するにあたって、妖精族の美しさという強力な武器を持った1人の女性を、幼児扱いしたままにしておくことなど論外というわけだ。
「……ちなみに家では常にとんでもない格好でいる、とかじゃないよね?」
アイナノアのことはよくわからないまでも、フレデリカの言う「誘惑」とやらが常に家では半裸だの全裸だの、衣装とも思えない衣装を身に付けた状態でいることではないと確認するソルである。
美しい女性たちであるからには眼福である事は間違いなくても、それが常ともなると落ち着かないこと甚だしい。
家にそう拘りはなくとも、最低限の安らぎを求めたいソルとしてはそういうのは勘弁してほしい。
「ソル様がお望みと在ればそう致しますが……あの、私はそんなに痴女っぽいのでしょうか……」
「……ごめん」
さすがにソルのまるで子供の様な「誘惑」に対する発想と、自分がそうするかもしれないと思われていたことに少々落ち込むフレデリカである。
ジュリアから見ればドングリの背比べに過ぎないが、一応年上でもあるフレデリカにしてみれば、ソルには今少し艶っぽい想像をして欲しかったところではあるだろう。
ソルとしてみれば謝るしかないのだが、じゃあもうちょっと具体的に言ってくれよと思わなくもない。
ちなみに裸を好む竜種たるルーナとしては、少々残念そうである。
「要はさ、順番なり曜日なりを決めて、女の子たちが順番にソルを誘惑するってことだよね。直球派もいれば搦手でくる子もいるだろうし、意外性で来るのが一番危険そうかな? すっごい面白そうだよね?」
そのソルの心を読んだわけではないだろうが、この中ではただ一人実戦経験も持っているジュリアが、おかしくてたまらないという表情でソルにもわかるように説明してくれた。
ジュリアの予想ではリィンは意外と肚を決めたら直球派、拙くとも搦手はフレデリカ、意外性で来るのはアイナノアといった見立てだ。
ルーナとエリザはちょっと予想がつかない。
ルーナはなんとなく大事なところで失敗しそうだが、エリザあたりの「恥じらい」が意外と一番ぶっ刺さるかもしれない。
「ジュリアあのな……他人事だと思って完全に面白がっているだろ?」
「他人事だもーん。私はもうすでにソルにはフラれているからねー」
ジュリアの説明で「ああなるほど」程度に理解は出来つつも、完全に面白がっているジュリアに苦言を呈したら、とんでもないカウンターを決められたソルである。
「ちょ」
「え?」
「ふふふリィン、女の友情なんて信じちゃダメなのだよ」
慌てるソル。
その反応に対して驚いているリィン。
その二人の様子を見て、悪い笑顔を浮かべながらジュリアが動揺したリィンの肩にしなやかな手を回す。
絵面だけで言えば、確かに色っぽい悪女が純真な少女の友情を面白がって踏みにじったようにも見えるあたりは、ジュリアの強すぎるといわれる色気ゆえだろう。
「違うだろ! 僕の黒歴史を掘り起こすな!」
「あははは、ソルが焦ってる。告白もしてないのにフラれちゃった私を慰めてくれる? リィン」
「あの時は悪かったよ!」
実は王立学院時代、周りの噂と偶然そのタイミングでジュリアがソルをからかったことが相まって、ソルが勝手にジュリアに告白されたと勘違いした事件があったのだ。
それはもう真剣に「ジュリアとは友達でいたい」と力説するソルがおかしくて、その心の籠った振るための口上を最後まで聞けなかったことを、わりと本気で後悔しているジュリアなのである。
悲し気なふりをして聞いていることが堪えられなくなって、涙が出るほど笑いながら「ごめん、それソルの勘違い」と伝えるのをもう少し我慢しておけばよかったと。
だがそれがあったからこそ、以後ソルを「男の人」として見なくて済んだのだとも言える。
べつに後ろめたいことがあったわけでもない割に、これまでずっとリィンにすら内緒にしてきたその話をこのタイミングでしれっと明かしたのは、そんなソルがいよいよ誰かの「男の人」になることを実感したからなのかもしれない。
ソルが思っているよりもずっと、女心とは複雑なのである。




