第135話 『同床異夢のハーレム』②
「……なにかな?」
いつにないフレデリカの真剣な様子に、少々気圧されるソルである。
ソルも馬鹿ではない。
だいたいのことであればそつなくこなしてくれるフレデリカに余裕がなくなるのは大体の場合、ソルの私的な部分に関わる問題の際であることくらいはすでに学習している。
クリードの発言のどこにフランツ王太子とフレデリカが強く反応したのかはまだ理解できなくても、そこからの会話の流れでなんとなくはそっち方面であろうことくらいは予想が付くのだ。
「当初の予定では、ソル様と一緒に全竜様とリィン様が暮らされることになっていたと聞いております。間違いありませんでしょうか?」
「そうだったね、そう言えば」
――案の定だ。
「今はそこへ妖精王様と神獣様が加わっておられますが、リィン様はいまだ別居中ですよね?」
「……はい」
フレデリカの確認に対してソルではなくリィンがしょんぼりと答えているとおり、リィンをして「疑似新婚家庭みたい」と舞い上がらせたそのプランは、その後の怒涛の展開で完全に頓挫している。
今のところ「それぞれの家に帰る」ことは事実上なくなっており、王都においては王城内の宿泊可能な貴賓室、城塞都市ガルレージュにおいてはバッカス工房付近の高級宿に泊まることが常態化しているのだ。
食事や衣服の着替え、部屋の掃除や入浴などを考えれば、ここしばらくの怒涛の暮らしにおいてはその方がよっぽど効率的だったのは間違いない。
当のリィンもソルと一緒の宿に泊まり、夜遅くまで一緒に居ることができたり、朝一に朝食用の個室で会えることに満足していたというのもある。
フレデリカやエリザが抜けていることも多く、常にソルと一緒に居られるのは自分だという余裕もあったのかもしれない。
全竜、妖精王、神獣は常にソルと同室になっているが、そのあたりについてはもうそういうものだと誰もが暗黙の了解になってしまっている。
それを油断と呼ばずしてなんと呼ぶのだという話でもあろうが、ルーナもアイナノアも今のところ艶っぽい行動には出ていないようで、ソルが挙動不審になることもないので安心していたともいう。
「旧禁忌領域№09跡地に建造中である城塞都市の完成には、まだしばらく時間を要します。一方、ガルレージュ城塞都市のバッカス工房の規模を遥かに凌駕する王都の工廠は間もなく完成いたします。それに伴いガウェイン様には王都へ移っていただく予定ですので、ソル様の当面のお住まいも王都に移していただきたく存じます」
だがそろそろ腰を落ち着けるべきだという周りの声も強くなってきている。
ソルの『王都』が完成するには年単位の時間が必要となるのは言うまでもない。
であればそれまでの仮宿に過ぎないとはいえ、今のソルはそんなものにすら「格」を求められる立ち位置にあるのだ。
食事だの着替えだの風呂だの、そんなものはなんとでもなる。
王城の宿泊用貴賓室はもとより、高級な宿屋程度でできることであれば、ソル専用の屋敷を構えてしまえばそれ以上の充実したサービスを提供することなど容易い。
王城であればまだしも、各国の王ですら簡単には口をきけないはずのソル本人が、高級宿の酒場兼食事スペースで美女たちを侍らせて飲み食いしている現況を看過できないというのは確かに一理ある。
別にソルは見知らぬ連中と大騒ぎするのが好きな訳でもなし、食べたい料理があるのであれば持ってこさせればいいし、それ以上の腕を持った専用料理人に指示してつくらせればそれで済む話なのだ。
街でデートをしてそのまま外食というような気分の際は、できれば「お忍び」のカタチにしてもらいたいというのが、王族としての常識に基づいたフレデリカの意見なのだ。
「確かにそれはその方がいいだろうね。了解しました」
だがそんなフレデリカの思惑とは関係なく、王都に拠点を構えることについては快諾するソルである。
今一番重要とも言える『新兵器』を次々と生み出すバッカス工廠が完成するというのであれば、ソルの拠点もその側にしておくことは当然だ。
自分専用の『固有№武装』も楽しみだし、魔神級とされるクリードの『疑似魔導器官』の完成もかなり興味深いのだ。
ないとは思うが新兵器の暴走に備えるという意味においても、ソルができるだけ側にいることは重要と言えるだろう。
なので話がここで終わるのであればソルにしてみれば「後はよきに計らえ」で終わりなのだが、当然そんなわけもない。
本題はここからなのだ。
「ありがとうございます。御屋敷の方は私共にお任せいただいてよろしいでしょうか?」
「リィンは自分で選びたくない? 平気?」
だが予想したよりもずっと真っ当だった「お願い」にソルは油断したのだろう。
当然そうなれば王都における仮宿を定めねばならなくなるわけだが、それをエメリア王国側で進めていいかというフレデリカの質問に対して、わりととんでもない爆弾発言を投げ返した。
ソルにしてみれば家を構えるのであれば、あの時リィンと決めた『新体制』に従うつもりなのだ。
つまりリィンとの同居を反故にするつもりはない。
そして以前の屋敷でも地下の隠し部屋以外はあまり頓着していなかったソルにしてみれば、新居を選ぶのであればリィンの好みというか、使い勝手がいいものにすればいいと判断したに過ぎない。
なにしろ王族であるフレデリカの常識とソルのそれとはかなり乖離しており、王都に屋敷を構えたからとて料理人や何人もの使用人を抱え込むつもりなどありはしないのだ。
あの日リィンが意気込んで宣言してくれたとおり、料理や洗濯、掃除やその他のこと? はリィンが請け負ってくれると思っているので当然の提案だろう。
もちろん自分やルーナ、アイナノア、アヴリールも邪魔にならない範囲で手伝うつもりではあるのだが。
「――ひゃい?」
「?」
だが言われたリィンにしてみれば、即応できる類の問いでもない。
状況がこうなってなお『同居』が生きていたことは素直に嬉しいが、それを皆の前であからさまにするのはなぜかハシタナイ気もするし、その上取りようによっては「新居は自分たちで選びたいよね」とも聞こえる言い方をされれば、挙動不審にもなろうというものだ。
残念ながらソルにはあまり伝わってはないが、他の女性陣たちにはリィンがなにを考えているのかは十分すぎるほど伝わっているらしい。
「では候補をリストアップ致しますので、ソル様が直接お選びいただけますか?」
「僕というより、リィンとルーナが決めてくれればいいよ」
思わず半目になったフレデリカが確認する言葉に対して、ソルの答えはそっけない。
リィンの桃色の妄想を一瞬で消し飛ばすと同時に、その朴念仁ぶりに対してこのまま放置しておけばお世継ぎはおろか、お手付きすらいつになるかわかったものではないとフレデリカは確信した。
つまり自分たちから踏み込むしかないのだ。
「……そこへ私とエリザ様も加えていただいてよろしいでしょうか?」
「――っ!?」
さすがに赤面しながらそう口にしたフレデリカに対して、「いいなあ」程度の感情しか持っていなかったエリザは物理的にぴょんと飛び上がってしまうくらいに驚愕している。
羨ましいが他人事としか思っていなかったので、突然名指しで巻き込まれれば無理もあるまい。
だがフレデリカとしてみれば自身はもちろん、可能性のある女性はすべて巻き込むことは最低条件である。
事前に相談できなかったことは後でいかようにも謝るとして、エリザも本音のところでは喜んでくれるだろうという確信も持っている。
可能であればジュリアですら巻き込みたいところだが、ジュリアの気持ちについては本人からよく聞かされているのでさすがに除外せざるを得なかったのだ。
「えーっと?」
「私とエリザ様も、ソル様と共に暮らす許可をいただきたいのです」
家選びに加えろという意味ではないことくらいは、ソルも理解できている。
つまり最初に感じた嫌な予感は当たっており、すでに世間では当然のようにそう認識されている「ソル様のハーレムパーティー」とやらを、フレデリカはこの際に乗じて事実化しようとしているというわけだ。
だがそれは、ソル自身もリィンと共に言っていたことでもある。
『後宮』の計画を中止するお題目として「今は手一杯で後宮どころではない」という言い訳くらいは必要だろうなと。
たしかに王都に仮宿を構えるのであれば、そこへ今ソルを「手一杯」にしている女性たちが共に暮らさないというのは不自然ではあるのだ。
「ソル様が最終的な決定権をお持ちである事は一切揺らぎません。私たちも明確に命じられればそういう行為は即座に中止いたします」
「そういう行為? 中止?」
そしてやるからには、半端に誤魔化す意味などないとフレデリカは覚悟を決めている。
「共に暮らす私たちが、私的な時間にソル様を、その……あの……有体に言えば誘惑する許可をいただきたいのです」
それでもさすがに赤面することを抑えられずにそう告げた内容に、さすがにソルは引き攣った表情を浮かべている。
ちなみにリィンとエリザも真っ赤になっており、なぜかやる気を出しているのはルーナとアイナノアである。
アヴリールは猫らしからぬ、苦労人めいたやれやれとでも言いだしそうな表情だ。
確かにただ一匹雄の身で、そんな桃色空間に同居しなければならないというのは拷問に近いだろう。
そういう空気になると同時、即座に空気を読んで姿を消すことを強いられるのだから。
ジュリアは笑いを堪えるのに必死だし、この場にいるクリードを含めた人型の男性陣どもは、無表情で聞こえていない態を徹底する構えのようである。
王としての自覚も覚悟もあるとはいえ、大事に育ててきた年頃の愛娘がたとえ世界の支配者に対してとはいえどもそんなハシタナイ発言をしていることに、父親としてのエゼルウェルドは内心涙目である。
今や世界最大の人間国家であるエメリアの王としてのエゼルウェルドと、王太子としてのフランツは「よく言った!」と評価しているのだが。
今やただの兄としてフラットな視線を持ちうるマクシミリアは、今更フレデリカのそういう実際的な部分を意外に思ったりはしない。
王族にとっての色恋沙汰など、得てしてそういう身も蓋もないものだと知っているのだ。
ただ、今のソルの立場に対して、けして全面的には羨ましいとは思えないなあという、おかしみを感じているだけだ。
――世界の支配者なんて、迂闊になるものじゃないよね。
男というのは勝手なもので、とびきりの美女たちに言い寄られるにしても、もう少し浪漫的であって欲しいものなのだ。




