第127話 『神なる獣』②
ガルレージュ城塞都市の城壁の至近地点。
以前ソルが狩った領域主、九頭龍の巨躯が『異相空間』から取り出された正門前。
そこで今、神話の世界から甦ってきた『怪物』と、ソルやガウェインたちの手によって今の時代に生み出された、人がその『怪物』に抗するための力が激突している。
『神獣』(闇堕仕様)vs『固有№武装』×4
それは千年前からは弱体化している『神獣』と、その千年間で本来あり得ぬほどに強化された領域主4体――つまりは怪物同士の激突だと言うことも出来るだろう。
フレデリカの№Ⅴ:モデル【百腕巨人】
エリザの№Ⅶ:モデル【深淵蜘蛛】
ジュリアの№Ⅷ:モデル【不死鳥】
リィンの№Ⅸ:モデル【九頭竜】
実戦証明が完了しているのはリィンとフレデリカだけで、ジュリアとエリザのものは運用開始したばかりだ。
とはいえ、『禁忌領域』とまでいわれた地に、その領域主として君臨していた魔物たち。
その能力を倍加して行使可能な装備を、『プレイヤー』の仲間としてレベルが4桁に至っている超人たちがぶん回すのだ。
その戦闘は常人が思い描くそれの範疇を遥かに逸脱しており、当然城壁内に暮らす人々にもその苛烈さは派手な轟音や迸る魔導光と共に伝わっている。
「アヴ君! 正気に戻って!」
『神獣』がその九本の尾から同時に行う攻撃すべを、己の意思が操る九つの巨大な浮遊盾で完封しながらリィンが叫ぶ。
当然、愛玩動物形態であったアヴリールが暴走を始めたのは城塞都市ガルレージュの壁の内側においてであった。
だが顕現しつつある巨大な己の真躰に呑み込まれながらもアヴリールはしばらくは正気を保ち、なんとか己が巨躯を人のいない城壁外へ引きずり出した時点で完全に呑み込まれたのだ。
ゆえにこそリィンは自分たちが「アヴ君」と呼んでいた存在が、今相対している『神獣』の中にまだ存在していると確信している。
目的は殺すことではなく無力化であり、そのための手段の一つとして「アヴ君」への呼びかけも続けているというわけだ。
「だめです、あれは機嫌の悪い時の鳴き声です!」
同じ理由で攻めあぐねている攻撃役のフレデリカが、リィンの呼びかけに答えるようにしてあげた神獣の吠声をそう判断する。
アヴリールは言語を解する御猫様だったので、主として女性陣が構いたがることを甘受することが常態となっていた。
だがやはり基は御猫様だけあって、やり過ぎると言葉では取り繕いつつも御機嫌の悪い「シャー」が出ることも多々あった。
今の吠声はそれに近いらしい。
やりすぎて反射でひっかかれた上、アヴリールから陳謝された経験があるフレデリカの判断を皆は尊重する。
「お魚あげたら大人しくならないかな~?」
「……大きさが足りないと思います」
盾役でも攻撃役でもなく、回復役のジュリアと行動阻害役であるエリザは後方にいることもあって落ち着いており、勢い発言も呑気である。
だがジュリアとエリザの『固有№武装』が運用開始直後とはいえ、4人とも戦闘においては並の軍人など比べ物にならないほどの経験をすでに積んでいる。
なかでもリィンとジュリアに関しては実際にA級相当のパーティーで戦闘経験を重ねており、その2人を含めた4人がこういう会話を交わせるということは、ある程度余裕があるということに他ならない。
油断とはまた違う。
全く歯が立たない相手ではなく、現有戦力で充分に伍し得る相手との戦闘において、適度に精神を緩めることは有効なのだ。
ガチガチ過ぎては長時間にわたる戦闘ではもたないということを、リィンとジュリアは経験として知っている。
だからこそすでに大事な仲間になっている「アヴ君」が深刻な状況に陥っていることは理解した上で、自分たちは深刻になり過ぎないようにしているというわけだ。
「小さい時も可愛いけど、大きいのもまた別の魅力があるよね~」
「背中でお昼寝したいです」
「同感です!」
それがわかっているからこそ、ジュリアのお気楽な会話にも、深刻な表情を浮かべながらエリザもリィンもあえて乗る。
これはまだ『絶望』ではないのだ。
自分たちも含めてただの一人も暴走した神獣に殺させず、自分たちが神獣を殺してしまいさえしなければなんとでもなる。
ただ『神獣』が暴走しただけに過ぎず、一人の犠牲者も出さずにそれを収めてしまえばなにもなかったのと同じだと強弁できる立場にソルたちはいるのだ。
しかもそれは何時間も綱渡りを強いられるわけでもなく、ソルと全竜、妖精王が駆け付けるまでの極短時間で構わないのだ。
どこまで頑張ればいいのかを明示されており、それが可能だと自覚している人間は強い。
ソルたちがここについてさえしまえば、暴走した『神獣』であっても生かしたまま無力化することなど造作もないことだと確信している。
自分たち4人で伍せる相手に、全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアがその程度をできないはずがないという信頼は深い。
「あのう、私は全力で攻撃してもいいのでしょうか?」
だがそんな空気の中、攻撃役であるフレデリカがそう問うのも当然だろう。
盾役であるリィンは『神獣』の攻撃を完封していればいい。
相当な難易度ではある。
だが『威圧』による敵意の制御を無視する九つの尾からの攻撃は厄介だが、幸いにしてそれほど強力ではない。
№Ⅸ:モデル【九頭竜】の九つの盾を、それぞれの尾に対応させてマンツーマンでマークしておけば完封は充分に可能だ。
定期的に『神獣』の巨大な咢から撃ち出される巨大な光弾は模倣して付与された『絶対障壁』で相殺し、無段階の連続攻撃である連続照射系には九つの盾を合体させた巨大盾で弾く。
強力な連続照射系の攻撃と『絶対障壁』の相性はよろしくない。
あっという間に相殺上限値まで至り、連続展開していても次々と硝子のように割り砕かれるのだ。
だが、幸いにして咢からの攻撃は大技らしく、その際に九つの尾からの攻撃は途絶えるのでなんとかなっている。
回復役特化のジュリアはより単純だ。
リィンが完封しているとはいえ、『固有№武装』が実現する超高速機動に人の判断が追いつけるように、全力稼働時には常時『思考加速』が起動し続けている。
いかにレベルが上昇しようが人の脳がその負荷に耐えられるのは精々5分程度であり、それを超過すれば鼻血を吹いて気絶する。
最悪の場合は後遺症も残ることにもなりかねない危険な能力なのだ。
それを常時発動している『治癒』で常に脳の状態を常態に保ち、沸騰することを抑えている。
万が一リィンが防ぎ損ねた場合は、消し飛ばされるであろう『H.P』を上限値に保つよう『大回復』の準備も万端である。
№Ⅷ:モデル【不死鳥】の最大技として『蘇生』があるのは理解しているが、使う機会が来ないといいなあ、というのがソル一党全員の共通認識である。
行動阻害役であるエリザも、№Ⅶ:モデル【深淵蜘蛛】の基礎能力である『魔糸』を使用して『神獣』の行動を抑え込み、隙があれば行動不能に追い込めばいいだけなので単純だ。
『傀儡糸』は何度か使ってみたがボス級である『神獣』には通じないらしい。
『妖斬結界』というのが最大技らしいが、うっかり使って『神獣』が細切れになった日には目も当てられないので封印している。
ともかくリィン、ジュリア、エリザの3人で、少なくとも今のところ『神獣』を抑え込めていることは間違いない。
フレデリカだけが「どこまで本気で攻撃していいか」がわからなくて困惑しているのだ。
エリザが『妖斬結界』を封印している理由と同じで、うっかり大技を撃ちこんで『神獣』のどてっぱらに風穴を開けでもしようものなら精神外傷ものである。
女性陣は全員、すでにして御猫様にかなり魂を抜かれているのだ。
「最終兵器の一斉射撃とかじゃなければ大丈夫な気はしますけど、うーん……」
そんなことを言いつつ、自分がそういったからフレデリカが攻撃に転じて、アヴ君が吹っ飛んだらどうしようと思ってしまうリィンである。
「っわ!」
だが高速の戦闘を繰り広げながらそんな間の抜けた会話を交わしていると、遥か上空から光の矢――『神の雷』が『神獣』に直撃する。
いやそう見えただけで、ギリギリのところで障壁を展開して、『神の雷』を弾いて無効化している。
二撃、三撃と連続して叩き込まれるその間、一切の攻撃も移動もできないところを見ると今の『神獣』を以てしても全力で防御しなければ危険な攻撃だということだ。
「さすがソル君、容赦がない」
そんな攻撃をノータイムで遠隔地から叩き込むソルの容赦なさは相変わらずだなあとリィンは思う。
きちんと状況を伝えきる前に表示枠を遮断されてしまったので、暴走した『神獣』にリィンたちが襲われているとなればそれも当然かとも思うのだが。
「ですがこれで、私も全力で攻撃できますわ」
だが完全に虚を突いた『神の雷』ですら防ぎきれる相手であれば、今のフレデリカが№Ⅴ:モデル【百腕巨人】の能力を全開にしても仕留めきれる相手ではないという判断はつく。
であれば時間稼ぎの観点から言えば、『神獣』を自由にさせないために矢継ぎ早に攻撃を仕掛けるべきだろう。
リィンの言ったとおり、99本の外腕を一斉に叩き込むようなことさえしなければまず問題あるまい。
「さすがソル様です」
「そこまで考えてるかな~? ……考えてるかもね」
その線引きをしてくれたソルに対してエリザが賞賛の言葉をつぶやいているが、付き合いの長いジュリアにはソルが神格化され過ぎているように思えてちょっと笑ってしまった。
だが即座に考えを改めた。
今こんな余裕を持って事に対処できている理由である『固有№武装』を、急いでつくろうと言い出したのはほかならぬソルなのだ。
もしこの装備がなければ今頃ソルの到着を待てずに自分たちは全滅し、ガルレージュ城塞都市も蹂躙された上で『神獣』は何処かに逃げ去っていただろう。
まさに神憑りとしか言えないソルの『先見』に、ちょっとぞっとするジュリアである。
味方でいてくれる限り、これ以上頼りになる存在もいないのだが。




