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【書籍版6巻発売中!】怪物たちを統べるモノ ~能力『プレイヤー』使いは最強パーティーで無双する!~【コミカライズ2巻発売中!】  作者: Sin Guilty
第三章 『死せる神獣』編

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第122話 『廃都』③

「じゃあアイナノア、お願いできる?」


 目につく範囲に存在するこの世界の欠片を全て『異相空間』へ格納したソルが、アイナノアへと声をかける。


 一旦地上へ帰還するのはすでに決定事項だ。


 回収するべきものを回収したからにはさっさと最初の転移陣へ移動し、まだ再湧出(リ・ポップ)はしていない迷宮(ダンジョン)を逆行するだけなのでそう大変なことでもない。


 だがソルがそうせずアイナノアに声をかけたことを、他の仲間たちも特に疑問視していない。

 「お願い」の内容が帰還に直結していることを、もう皆が知っているからだ。


「♪~」


 もはや浮かびながらとはいえ、ソルの首に手を回して背中から抱き付いていることが常態化しているアイナノアが、それを受けて機嫌よさそうな声を発する。


 これといった教育の機会を設けたわけではないわりに、ソルたちの会話を聞いているうちにすでにかなりの言葉を理解できるようになっている。

 『妖精王』の器として無垢なままであったアイナノアの人格は、優れた頭脳を持つ妖精族の成体に宿っているおかげか、とんでもない速度で成長しているのだ。


 まだ自分からなにかを話すことはないが、『妖精王』としての権能を本能ではなく己の意志、あるいはソルの「お願い」に応じて行使することも出来るようになっている。


 迷宮(ダンジョン)最奥で接敵(エンカウント)した人型の魔物(モンスター)のように、自分に有利な領域(フィールド)を展開してくる敵に対する特効能力とも言えるのが『妖精王』の権能である。


 両義四象(光闇地水火風)に縛られることなく、たとえどんな領域であっても敵のそれを無効化し、己が望むがままの領域を展開できるのだ。

 敵が火属性であれば水属性の領域を展開し、味方のあらゆる攻防に対してその属性を付与することが可能。

 実験で笑ってしまったのは、火属性の攻撃にすら水属性が乗るというそのでたらめさだ。


 ソルたちが今以上深い深度へ潜ることが確定している以上、『妖精王』の権能は今後必須のものとなるのは疑いえない。


 だがそれ以上にアイナノアが迷宮深部攻略パーティーに必須となるのは、その能力ゆえではない。


 確かに強力な権能ではあるものの、全竜(ルーナ)を例にとるまでもなく「レベルを上げて物理で殴る」が最もシンプルともいえ、圧倒的な暴力ですべてを薙ぎ払って進むことも可能なのだ。


 その『領域支配』を遥かに凌駕する、『妖精王』最大の権能が今発現している。


 ソルの「お願い」に従ってアイナノアが歌い、舞うことによってこの地に外在魔力(アウター)が集中する。

 それは領域を展開する際にも同じなのだが、今の目的はそれではない。


 アイナノアのエメラルドグリーンに輝く妖精眼(グラムサイト)と長い髪に膨大な外在魔力(アウター)が吸収され、それに伴って足元に光り輝く輪が広がってゆく。


 美しく輝き、魔導光を派手に噴き上げるそれは『龍穴印(マーカー)


 『妖精王』の解放と共に復活した『世界樹』が統べる龍脈路を、強制的に任意の場所へと繋げる力。


 現時点ではたった一ヶ所にしか『龍穴印(マーカー)』を設置することは出来ない。

 新たな場所に設置すれば、以前のものは消失してしまう。


 だが任意の場所に『龍脈』を繋げられるということは、今のソルたちであれば攻略最前線と本拠地を直結できるという、長期にわたる攻略においては必須の能力なのだ。

 どこを攻略するにせよ、アイナノアを伴わないという選択肢がなくなるほどに。

 

 『龍穴印(マーカー)』によってこの場は最新の『龍穴』となり、超長距離転移によっていつでもこの地に帰還することが可能になったのだ。

 当然この『龍穴』から超長距離転移を以て、城塞都市ガルレージュの近辺まで一瞬で帰還することも出来る。


 これが帰還に際して、ソルがアイナノアに声をかけた理由である。


 地上であれば地下を通っている『龍脈』の光が彼方から魔導光を噴き上げつつ、この場所まで走ってくるという、なかなかに壮観(スペクタクル)な光景となるのだが、ここは地の底である。

 

 さてどうなるものかとソルが思っていると、捻りなく遥かな上空から目に見えるほど濃い魔力の流れ――『龍脈』がまっすぐに空気を裂いてアイナノアが描いた『龍穴印(マーカー)』へとぶっ刺さった。


 『塔』への攻略を開始するまで地上ではまず見られない光景に、ソルやリィン、フレデリカだけではなく『全竜(ルーナ)』と『神獣(アヴリール)』も感嘆の声を上げる。


 空中に半透明に揺らめく『竜脈』が通る様子は、それほどに幻想的ではあるのだ。


 ソルの「お願い」を十全にこなしたアイナノアが、「褒めて褒めて」と言わんばかりの勢いでソルのところへすっ飛んで帰ってきて正面からなんの躊躇もなく抱き付く。


 それは全竜(ルーナ)がそうすることとなにも変わらない無邪気な行為だが、傍目にはまったく違って見える。


 いかな美少女とはいえルーナが抱き付く分には微笑ましさが勝るが、どれだけアイナノアが無垢であってもその身体は充分に成長しきった美しき妖精族(エルフ)、その中でも『妖精王』の器となれるほどの逸材なのだ。


 少々胸が慎ましやかであれど、ルーナのそれよりは十分なものだ。

 華奢で美しくすらりと長く伸びた手足と白い肌と相まって、ソルが「いいかね? 大きければいいというものではないのだよ」派であった場合の破壊力は侮れない。


 なによりも美形しかいないとまで言われる妖精族(エルフ)のその王が、邪気など一つも交じっていないとびっきりの笑顔を満面に浮かべて無防備に抱き付いてくるのだ。

 いかな朴念仁とはいえ、年頃の男の子であるソルが虚心でいられるはずもない。


 実際今もわかりやすく赤面し、盛大に目が泳いでいる。


「どう思います」


 それを半目で眺めるリィンが、横で似たような表情を浮かべているフレデリカに感想を求める。


 リィン的にはなにが不味いと言って、ルーナはともかくアイナノアもソルにそうすることが当然というか、赦される空気になっていることだと思うのだ。

 女であるリィンであっても、あれだけの美貌を誇るアイナノアにあんな笑顔で抱き付かれたら鼓動が跳ね上げることを抑えられまいと思う。


 それが男の子であるソルであれば、どれだけの破壊力だろうかと思うのだ。

 自分が同じようにできればそれ以上の効果を与えられるかもしれないが、すでに無垢ならざるリィンには少々難易度が高い。


「間違いなく()だと思います。(わたくし)妖精王(アイナノア)様の立ち位置であれば同じことをすると思います」


 だがフレデリカから帰ってきた答えは、リィンの想定を斜め上に突き抜けていた。

 

「……そ、そうなんですか」


 ソルに抱き着くことを暗黙の了解としている事の危機感を訴えたら、王族視点ではすでにアイナノアは女としての手練手管を行使しているとの疑い――いや断が下されたのだ。


 さすがにリィンはちょっと引く。


「考えても見てください、ソル様は妖精王(アイナノア)様に対してほぼノーガードにもかかわらず、十分意識させられるだけの魅力をお持ちです。ソル様の好みがどのようなものかに左右されるとはいえ、今もっともソル様に触れている成人女性は妖精王(アイナノア)様なのです」


「な、なるほど」


 フレデリカも骨子にあるのは、リィンと同じくアイナノアが好きにソルに触れられるという優位点(アドバンテージ)である事は変わらないらしい。


 だがアイナノアはすでにその優位点を理解できるだけの成長を遂げており、油断しているソルの隙を突かんとしているというシビアな判断を下しているのだ。


 ソルの寵愛を得ることは、全竜(ルーナ)妖精王(アイナノア)といった怪物たちにとっても最優先事項だということらしい。

 であればただの人たるリィンやフレデリカが、のんびり構えている場合ではないというのは確かだろう。


「……リィン様であれば、強行突破も可能だと思うのですけれど」


「あ、あははははは」


 ため息をついてそういうフレデリカに、リィンは笑って誤魔化すことしかできない。


 実際フレデリカの見立てでは、少々強引にでもソルの寝所に覚悟を決めた格好で潜り込めば、ソルの最初の女性になることはそう難しくない位置にリィンはいると思っている。

 フレデリカにしてみればさっさとそうなってくれるのであれば、直近数年であればそれで十分だとも思ってもいたのだ。


「ジュリア様の気持ちが少し理解できてしまいますわね」


 女友達としてはリィンよりもジュリアとの方が仲良くなっているとも言えるフレデリカである。

 愚痴半分、自慢半分で「あの娘はもー奥手でさー」と聞かされていた話を、ここしばらくで実感としてフレデリカも感じている。


 こう見えてフレデリカは立場を弁えており、幼馴染で長い恋心を育んできたリィンを差し置いて、世界のためだの国の為だのというお題目で王女たる自分がソルにアプローチをかけることは控えていたのだ。


 だがこうまでリィンが動かざること山のごとしであれば、いつまでもそうしてもいられない。


「リィン様。リィン様が動かれないのであれば、そろそろ(わたくし)も私なりに行動を開始いたしますわよ? ソル様は『後宮』を凍結されましたし、御側仕えを許されている私たちに対する民衆の期待は大きいのです」


「……ですよね」


 それはリィンもよくわかっている。

 ソルが拒めばすべてが凍結されることを前提として、アプローチをかけることは個々人の自由なのだ。


 誰でもいい、ソルが誰かに夢中になっているという俗な事実は、とんでもない力を持っていても同じ人、同じ男なのだという安心感を市井に提供できる。

 民衆とは安心を求め、それを与えてくれる存在を支持するものなのだ。


「もちろん私は、そういう義務()()で動くわけではありませんけれど」


 そしてこの王女様は、この短期間で打算だけではなくきっちりソルに惚れてもいる。

 半ば以上は立場による自己洗脳の部分もあるとはいえ、少なくとも自分を騙しきる程度にはソルに夢中になれているのだ。


 それが他人にもよく伝わる、羞恥を浮かべた乙女の表情である。


 ルーナやアイナノアを見慣れたせいで失念しがちだが、フレデリカとて『王国の白百合リリウム・ディ・レグヌム』とまで謳われている麗人である。

 それがこんな表情を浮かべるまでの本気となれば、ソルの朴念仁くらいはあっさりと突破して見せるかもしれない。


 リィンもいつまでものんびりはしていられない状況になりつつあるらしい。


 地上に戻ればこの『大深度地下空間(ジオ・フロント)』の分析をはじめとして、各国間の調整や興国に纏わる雑事は山ほど存在する。

 神獣アヴリールの真躰のこともあれば、魔族であるクリードとの約定である『呪われし勇者』の解放も進めなければならない。

 他にも『聖教会』の『神立大図書館』に収められている膨大な書の移管や確認などのソルが立ち会わねばならない仕事が山積みになっている。


 そんな中で深く静かに、女たちの戦いも始まるようである。


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