第121話 『廃都』②
「気になることがあるの?」
ソルもまた、フレデリカの質問がなにを言わんとしているのかがまだ分からない。
ゆえに神妙な表情で悩み込んでいるフレデリカに対して、なんのための先の質問であり、その答えを受けて今なにを考えているのかを言語化するように促した。
「はい。エメリア王国には私が生まれた年に放棄された城塞が、東の国境付近に御座います。そこはたった十数年で、この異形の都市の様な有様になっているのです」
誰あろうソルからの問いかけなのだ、自身の思考を中断してフレデリカは即答する。
十数年間と千年間の違いこそあれ、フレデリカは今ソルたちがいるここ――『大深度地下空間』に残された人工物の成れの果て――『廃都』によく似た状態の建造物を知っているのだ。
フレデリカの歴史好きは、すでにソルたち全員が知るところである。
どうやらそれは時と共に人が積み重ねた所業だけではなく、人の手による建造物がどう自然に還ってゆくのかという面にも発揮されていたらしい。
この状況でわざわざ口にするということは、存在していることをふわっと知っている程度ではなく、その城塞の現状をかなり詳しく知っているからこそだろう。
「ですがそれは私が15の頃にはすでにそうなっていて、それ以降はほぼ変化がありません」
自分が生まれた年に廃棄された城塞の存在を知ってから、フレデリカは定期的にそこを訪れるようになっていた。
エメリア王国は大国であり、だからこそ当然イステカリオ帝国以外の国とも定期的に小競り合いは発生していた。
その多くの小競り合いのひとつが、第一王女であるフレデリカの誕生を前に強者であるエメリア王国側――エゼルウェルド・カイン・ラ・エメリア王が折れる形で終結したという記録がある。
初めての娘が生まれる年を戦乱の中で迎えたくなかった父王が、国境の城塞を一つ割譲ではなく廃城とすることで落としどころとしたのだともとれるその事実が、フレデリカが愛着を持った理由のひとつだろう。
フレデリカにしてみれば、娘がたとえ仮初であっても平和の中にこの世界に生まれてきて欲しいと父王が願ってくれた象徴であり、その対価がその朽ちた城塞なのだ。
もちろん大国の王たる立場である以上、そんな情緒的な理由だけがすべてではないにせよ、一部たりとも含まれていると思えるだけでフレデリカには充分だった。
ソルやリィンなどに言わせれば、さすが王族、父親の愛情を感じる事例ひとつとってもスケールが違うな、と言ったところである。
愛着があるがゆえにこそ、年に何度かは訪れている朽ち果てた城塞。
その状況を詳しく知るからこそ、フレデリカはこの『廃都』にどうしても違和感を得てしまうのだ。
建築物が十数年でこうなり、その後は千年経とうが二千年経とうが大きくは変化しないというのであればまだ理解もできる。
全竜と神獣がソルの前で偽りを言うはずもないので、この『廃都』が千年前からほとんど変化していないというのは事実なのだろう。
つまりこの『廃都』は少なくとも数千年はほぼ変化していないということであり、人が創り出したモノは千年経とうが二千経とうが、自然に還りつつもその痕跡を残し続けるという結論となる。
だがそれではこうまで完全に、獣人種たちの里の痕跡が消えうせている事と矛盾はしないか。
近くに川や湖沼といった水源は確認できないので、井戸はあったはずだ。
どれだけ急いで避難して来ていたとはいえ、里を構える場所で井戸が掘れないということは考えられない。
そんな場所を里に定めるはずもない。
フレデリカの知る城塞跡にも井戸の跡はいくつも存在し、未だ水を湛えていたのだ。
それがその痕跡すらもなく、他の場所と同じようにすべらかな地面に戻るなどということがあり得るのだろうか?
それにエメリアの王城や各地の城壁は、建国以来健在であるものも数多い。
エメリア暦は千年を超えており、つまりそれらはいかに定期的な手入れをされているとはいえ、千年を超えて健在なのだ。
確かに千年は長い。
実際に生きたこともないフレデリカにはありえないとは言えないまでも、ここまで完全に痕跡すら残さないというのは、どうにも腑に落ちないのだ。
『廃都』が数千年間、変化していないことを是とするのであれば、獣人種たちの里がこうまで完全に消失してしまっていることが腑に落ちない。
逆に千年という歳月がここまで完全に人跡を消し去ることを是とするのであれば、『廃都』が数千年に渡ってその姿を不変としていることが腑に落ちない。
確かに見たこともない素材も多く、永続系の魔法が付与されているという可能性もあるだろう。
だが残骸となっている遺物の中には、どう見てもただの岩石系素材や、自分たちの技術レベルでも多用している骨材結合材の類も見受けられるのだ。
フレデリカとて、この場に獣人種たちの里が確かに在ったのだと言われていなければ得ることの無い違和感である事は確かだ。
だが一度感じてしまえばそこにどうしても作為を感じてしまう。
いかにも誰もが「数千年が経過した廃都」だと感じるようにこの空間が作られている、あるいはそれに邪魔となる現実的な痕跡をわざわざ消し去ったという作為。
それがあると仮定するならば、それには必ず目的があるはずなのだ。
そしてそれに気付かない、気付けないことこそがその作為を仕掛けた者の利となるのは当然だ。
「……なるほど」
そういわれればソルにもなんとなくフレデリカが得ている「違和感」を理解できる。
「だからどうというわけではないのですが……」
「いや、なんとなく言いたいことはわかる。だからここで入手できるものは一通り持って帰ろう。ガウェインさんや、それこそ魔族であるクリードさんだったらなにかわかるかもしれないし」
「はい!」
完全に理路整然と説明することは確かに難しいだろう。
だがソルだけではなくリィンやルーナ、アヴリールもフレデリカの言わんとするところはなんとなくでも理解できたらしい。
となればその疑問を全員で共有しておくことこそが重要だ。
この場にいる者には無い知恵を持つ者もいるだろうし、地上へ戻れば逸失技術をはじめとした『聖教会』が秘匿してきた文献も山ほど存在している。
フレデリカにしてみればこの不思議な地の調査に対する大義名分を得たようなモノで、前のめりになるのも無理はない。
この地に点在する見たこともない建造物の中にあるあらゆる遺物を、ソルの『異相空間』の力で持ち帰ってもらえるのはこの上なく有難いのだ。
地上の歴史好きたち――とくに考古学に人生を捧げているような連中は、フレデリカの判断とその結果に心から感謝することになる。
未知のものを既知として行くことに知的興奮を覚えるのは、なにも危険を冒して迷宮や魔物支配領域を切り開く者たちだけではなく、彼らが持ち帰った資料を調査分析し、机上と己が脳内を戦場とする者とてなにも変わらないのだ。




