第119話 『大深度地下空間』③
巨大な城の如き『魔創義躰』の背にソルとルーナ、アイナノアとアヴリールが乗っている。
その左右にはリィンとフレデリカが己の『固有№武装』を展開したまま、自身の力で『浮遊』を行使し並行して飛んでいる。
謎の超巨大魔物を全竜が蹴散らし、この大深度地下空間を空――と呼んでいいのかどうかは甚だ不明瞭だが――から把握することにしたのだ。
ちなみに一定以上の強さを持った魔物はそれに応じて危機察知能力も高いらしく、全竜が『魔創義躰』を召喚してその威を抑えることなく全開にして以降、ソルの『プレイヤー』及びルーナの索敵範囲に敵性存在は確認できない。
みな慌てて逃げ散らかしているのだ。
この地においてもなお全にして一なる竜種、『全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』は別格の存在であるらしい。
膨大な魔力の塊で創り出されている全竜の真躰、その似姿の背に乗り、左側に立つルーナに手を取られ背にはアイナノアが張り付いているソルは、誰が見ても一目でこの集団の中心だと理解できる。
最近ではその肩か足元には神々しい神獣――漆黒の御猫様も伴っているとくれば、竜種を一とした『全竜』、亜人種の長たる『妖精王』、獣人種の神たる『神獣』を従えた覇王の風格だと称しても、反論できる者などまずおるまい。
だがこの中で自身の力で空を飛べないのは、ソルとアヴリールの「男衆」二人だけだという事実が、地味に悲しいソルなのである。
その上アヴリールは本来の力を取り戻せさえすれば、余裕で空を翔る程度のことはやってのけるだろう。
今はただの愛玩動物のようでも、その正体は神獣様なのだから。
――僕も専用の『固有№武装』を創ってもらうべきかなあ……
わりと本気でそう思うソルである。
自分が『プレイヤー』という異能を駆使するパーティーの司令塔だという自覚はある。
ゆえにその『固有№武装』を以て戦闘に加わろうなどとは思っていないが、最低限の自衛と、皆の移動くらいには世話をかけることなくついて行きたいのだ。
正直に言えば、自分の意志で自由に空を翔ることに対する憧れも強い。
残念ながら『プレイヤー』では自身にはなんの武技も魔法もスキルも付与できないとはいえ、無駄に上昇したレベルのおかげでソルにも内在魔力――つまりM.Pだけは無駄にある。
つまり魔導基礎衣類を着用して、疑似魔導器官である光輪を起動させることは可能なのだ。
ソルであっても、すでに外在魔力を利用することは出来る。
となれば単一の魔物素材を使用することによってその素材となった魔物の特性を活かす方向ではなく、ソル自身が持たない各種スキルを発動可能な魔物素材を組み合わせる方向であれば、十分にアリだろう。
さっきの超大型魔物が備えていた光学迷彩、飛空系魔物であれば大体持っている浮遊系スキル、リィンの№Ⅸ:タイプ【九頭龍】の様な防御系スキルあたりがあれば、まずは事足りる。
今回の迷宮攻略で未知の魔物素材も大量に入手できたことだし、人型魔物の素材を使った武装には忌避感が出るというのであれば、それらをソル専用としてもいい。
地上に戻ったら一度、ガウェインに相談してみようとソルは決意している。
自分に光輪と魔導基礎衣類が似合うかと言われれば半笑いになってしまうが、今後男性にも『固有№武装』は配布されてゆくのだから気にすることではない。
とはいえせめてマクシミリアの『固有№武装』と同時に運用開始したいなあ、とは思うソルである。
やわらかい表情を常とするようになったマクシミリアはまさに御伽噺に出てくる王子様そのものの容姿であり、光輪と魔導基礎衣類が浮くどころか似合ってしまうことをソルは失念しているが。
男同士とはいえ、『ただしイケメンに限る』というパワーワードは有効なのだ。
ともあれ。
「すごい光景だね」
「現実じゃないみたい」
「地下にこんな世界があるなんて……」
ソル、リィン、フレデリカが感嘆するのも無理はない。
地平線が丸いことを確認できるほどの高度に至ってもまだ天井ははるかに高く、巨大な外殻に護られた星そのもののような光景を見てしまえばそうとしか言えない。
上空には雲海すら存在し、どういう仕組みかは不明だが太陽代わりの光源となっているらしい巨大な光の玉が複数浮遊している。
遥か彼方には海のような水源も確認できるし、川が流れていることも確認できる。
地面も均一に平坦というわけではなく、相当な高度を誇る山脈地帯も、あるいは底すら知れぬ渓谷も存在している。
惑星の内側に収められた惑星そのもの――星のマトリョーシカとでもいうべきか。
その光景をより非現実的なものにしているのは、遥かな天井と地下の大地を結んでいる何本もの巨大な柱の存在だ。
それが天井――外殻を支えているというわけではもちろんないのであろうが、一番近い位置にあるそれであっても、かなりの巨大構造物であることは一目見ればわかる。
岩肌や植物に覆われているとはいえ、どう見ても人工物であるそれらの内側がもしも迷宮だというのであれば、どれだけの階層が連なり、その一層一層がどれだけの広さを持つのか見当もつかない。
つい先刻、ソルたちが下りてきた縦穴状の迷宮など比べ物にならないことだけは確かだ。
――『塔』の残骸に似ているな……
それがソルの直感的な感想だった。
ソルたちが暮らしてきた地上には一本しか存在せず、それすら千年前に全竜に砕かれて残骸しか現存していないそれに、確かにとても似ているのだ。
だが人工的なのはその柱たちだけではない。
この千年間でそうなったのか、あるいは千年前からそうだったのか。
上空から確認した限りでも、地上のところどころに森や草原、あるいは巨大な水溜まり――あらゆる自然に呑み込まれているとはいえ、明らかに都市の遺跡としか思えない場所がいくつも確認できる。
だがおそらくは都市なのだろうということは理解できても、それらはソルたちが知るどんな大都市にも似通っていない。
まず都市には必須であるはずの、外敵から住民たちを護る外壁の残滓すら存在していない。
中央に行くにつれ建造物が巨大化、高層化することは共通しているが、その規模が大国の城どころではない規模でもある。
多くは画一的に四角いが、中には円形や妙に歪んだようなモノ、複数が繋がったようなものも確認できる。
それらがこれでもかと密集しているのだ。
そしてそれらおそらくは都市の遺跡の間を、とんでもなく長い橋のようなものが繋いでいる。
ほとんど崩れおちているそれらがおそらくは「道」なのだろうと理解はできても、なんのために陸地であっても橋の様にしているかがピンとこない。
だがソルたちのようにこの世界の内側にいる者でなければ、この地上の光景を見て思うだろう。
世界が滅んでから、いったいどれくらいの歳月が経過したんだろうか、と。
「旧支配者共はこの大深度地下空間を指して『真世界』などと呼んでおりましたな。その真意はわかりませんが」
『某たちも、ここのことはよくわからぬのです』
「だろうね……」
ルーナとアヴリールがそう言うのも、もっともだろうとソルは思う。
たとえ『全竜』であろうが『神獣』であろうが、地表で生まれ生きている存在にはおそらくこの大深度地下空間――旧支配者たち曰く『真世界』を、本当の意味で理解することは出来ないのだ。
今はなぜか繋がってはいるけれど、ここは間違いなく久那土なのだ。
あるいはソルたちが暮らす、地上こそが。
『迷宮』の底にはこの大深度地下空間――『真世界』があった。
では『塔』の果てにはいったいなにがあるのか。
ソルは自分の背中を恐怖にも似た快感が駆け抜けて行っているのを自覚している。
これはもう、本当に国興しだの後宮だのと言っている場合ではない。
とんでもない未知が目の前には広がっており、それを既知とできるだけの力は今、ソルの手の中にあるのだから。
『時は経ていますが、ど、どう見ても人工物としか思えないものも多くあります。ち、調査、調査を……』
「ああ、うん……」
だがそんなソル以上に、フレデリカがわりと本気で正気を失っている。
ふらふらと一番手近な都市の遺跡か、あるいは柱に飛んで行ってしまいそうな雰囲気だ。
歴史ヲタクと言ってもまるで過言ではないフレデリカの正体を、今ではソルたちもある程度は理解している。
だがここまでの様子を見たのは流石に初めてだ。
「……申し訳ありません」
ソルの反応に我に返ったフレデリカが、珍しく取り繕うことも出来ずに真っ赤になっている。
自分の本性を思わず晒してしまうのは、やはりかなり恥ずかしいらしい。
だが迷宮の底、地の果てにこんな空間があるだけでも我を忘れそうなのに、そこに人工物――文明の爪痕を見つけてしまってはさすがに虚心ではいられない。
「いや最終的には必要だと思うし、安全が確保出来たら大規模に調査は行おう。だけどまずはアヴリール、獣人族たちの里へ案内してもらえるかな」
『……畏まりました』
だが今はソルの言うとおり、優先すべきことがある。
先刻のような魔物が存在している以上、その生存は絶望的だと誰もが分かっている。
だがそれでもアヴリールが知っているその場所へ、ソルたちは行く必要があるのだ。
滅んでいるのであればそれはそれで、この迷宮攻略の目的の一つは完遂されるのだから。




