第118話 『大深度地下空間』②
『大深度地下空間』
そうは言うものの、今の位置がどれくらいの深度にあるものやら誰にもまったくわからない。
ソルの『プレイヤー』は周囲を地図として把握はするが、立体方向についてはやや弱い。
空と見紛うほどの巨大空間であるここでは、単に一からマッピングを開始しているに過ぎないのだ。
だいたい歴史上、星の内側のどれくらいの位置にあるのかを示した地図など存在したことなどないだろうから無理もないと言えよう。
というか今、ソルたちはそれどころではない。
見たこともない景色に見惚れていられたのもつかの間、おそらくは千年ぶりに起動したのであろう転移陣に反応したものか、超がつくほど巨大な魔物が襲ってきたからだ。
しかもこれがまた尋常な大きさではない。
人型ではないものの、ソルもリィンも見たことの無い、不定形で巨大な空に浮かぶクラゲの如き魔物。
光学迷彩としか呼べない能力を持っているらしく、空中に突然現れ始めた際には誰も魔物だとは思わず、浮遊島でも転移してきたのかと思ったほどである。
だがソルの『プレイヤー』はそれを魔物だと警告を発し、ルーナやアヴリールも初見ではあれど同じ見解を示した。
よって慌てて戦闘に突入しているというわけだ。
幸い『固有№武装』を展開したリィンとフレデリカにダメージを与えることは出来ないようだし、こちらからの攻撃はすべて通っているように見える。
その情報だけを切り取れば、時間はかかっても二人がいずれ倒せるように思えてしまう。
だがあまりにも巨大なため、無数に生えている巨大な触手や本体表面の一部を砕いたところで、倒しきれる未来がまるで見えない状況なのである。
島に存在するあらゆる固い岩を砕くことができ、巨木を切り倒せれば乾いた土を掘り返すこともできる人間が二人いたところで、その島を跡形もなく消滅させることは不可能なことと同じだ。
『ソル様、これってダメージは通っているのでしょうか?』
「んー、通ってはいる。いるんだけど……」
さすがにへこたれつつあるフレデリカが、表示枠を通じてソルに確認してきた。
ソルの視界に映っている表示枠には、浮遊島の如き魔物の体力値が表示されている。
フレデリカが打撃でその体表を砕き、リィンが盾砲と巨大な剣で触手を切り飛ばすたび、結構な勢いでそのゲージを削り取ってはいるのだが、左端に到達しても少し色が薄くなったかな? 程度でまた右端からスタートになるのだ。
要は体力値の表示限界を遥かに超越しており、幾重にもスタックすることによってそれを表しているということらしい。
さっきからかなりの勢いで薄めては行っているものの、まだまだその青は濃い。
いつになったらそれを黄を経て赤に染め、削りきることができるかを想像するとちょっと気が遠くなりそうである。
『今の私たちでは仕留めきれそうにありませんか?』
「うん、たぶん無理だと思う。№Ⅴ:モデル『百腕巨人』の最終兵器でも、急所に当てられなければおそらくは無駄撃ちになるだろうね……」
実験で1発ぶっ放しているので、その破壊力は折り紙付きだ。
だがそれを知っていてなお、この魔物の巨躯に対しては99発全弾を斉射しても三分の一を削れたらいい方だろう。
それで『固有№兵装』ひとつがお釈迦になるのではさすがに割が合わない。
いや入手できる魔物素材量と魔石量、強化魔力の量から言えば釣り合うのかもしれないが。
『うわーん』
続いてリィンのやけくその様な叫び声が響く。
それもそのはず、その浮遊島の如き巨躯から砲撃にも似た光線を一斉に射撃され、自身とフレデリカを護ることは出来てもその飽和攻撃を前にして、しばらくは身動きすることも出来なくなっているのだ。
いまのところ『威圧』によって敵意を集中させているのでなんとか射線を空中へ誘導できているが、その攻撃を地表へ向けられたらいかに№Ⅸ:モデル『九頭龍』の大盾九つを以てしても捌き切れるものではない。
「あ、もう一匹きた」
戦闘が長引いたことにより、同種の魔物による敵意共有が発生したらしい。
迷宮や魔物支配領域において熟練の冒険者でも命を落としかねない、もっとも危険とみなされている状況だ。
呑気なソルの声に合わせて、リィンの背後に似たような大きさの大型魔物が光学迷彩を切りながらその先端を顕し始めている。
いわゆる挟み撃ちというやつだ。
しかもこの調子では、こいつらが二体だけだという保証はどこにもない。
『無理! 無理ですよソル君! こんなのが二体になったらとても捌き切れないです!』
「だよな」
ソルが『プレイヤー』の能力を全力でぶん回し始めてからは、久しく聞かなくなっていたリィンの泣き言である。
さすがに『黒虎』のメンバー全員の前では見せたことこそなかったが、当時マークやアランの無理無茶に付き合った後、ソルとジュリアにだけは似たような泣き言を、呑んだくれてはよくこぼしていた。
それを思い出して、ソルはちょっと笑ってしまう。
「ルーナ、頼む。ただしアレが逃げたら見逃してくれてかまわない」
「はーい!」
だが流石に今の戦力でこの魔物二体を相手にするのは無理があるのも確かだろう。
そもそもこの領域の攻略は本来まだ先の話であり、神獣アヴリールの真躰と獣人種の里をなんとかするために無理に訪れている状況なのだ。
となればここは人の力による攻略に拘ることなく、最大戦力をぶつけるべきだとソルは判断した。
最近出番がなくて暇を持て余していたが、ソルの言う意味もわかるので大人しくしていたルーナは嬉しそうである。
『固有№武装』がソルの男の子感情を直撃しているのも理解できるので、嫉妬にも似た感情を持っていた忠実なるソルの下僕、第一の剣殿なのである。
逃がしてもよいと言われはしたが、ここは一撃で仕留める所存の全竜である。
一瞬で同高度まで転移で移動し、同時に天空に浮かぶ城の如き『魔創義躰』を召喚する。
それを確認したリィンとフレデリカは、大急ぎでソルの位置まで撤退を急ぐ。
『固有№武装』であっても、全竜の戦闘に巻き込まれて無事でいられるはずもない。
ソルはもうルーナの性格も把握できつつあるので、なにも言われずともルーナが『魔創義躰』を発動するたびに『再使用時間キャンセル』を重ね、減少した魔力量に応じて『M.P全回復』を行使している。
とはいえルーナは二体で充分だと判断したのか、『魔創義躰』をそれぞれの魔物に一体ずつ相対させた。
鈍重ながらも逃げようと動き始めているその巨躯に向かって最大出力『竜砲』を射出し、己の魔力が尽きるまで縦横無尽に浮遊島の如き魔物を薙ぎ払い爆裂させる。
地上の山の形ですら変え得るルーナの竜砲に晒されては、図体がデカいだけではどうすることも出来はしない。
竜砲が沿った部分の表面は爆裂を繰り返し、射線に沿って切り裂かれるように逆側へと竜砲は突き抜ける。
まるで島でも切り裂ける巨大なビーム・サーベルを振り回されているかのようにリィンとフレデリカでは手も足も出なかった魔物は切り裂かれ、やがてどこかのタイミングで核――弱点をぶち抜かれたらしく、体組織を崩壊させながらその高度を二体ともゆっくりと下げてゆく。
最終的に魔物素材として回収できるのは核だけであり、意外とそこまで巨大ではないのかもしれない。
「さすがというか……」
その様子を見ながら、さすがにソルも苦笑いを浮かべることしかできない。
「本来、ルーナちゃんだけでいいんですよね、ソル君の夢を叶えるためには……」
「ルーナ様と敵対したら、人の歴史など即終了しますわね……」
無敵とも思えた『固有№兵装』を全力で駆使してもどうしようもなかった魔物が、ものの数分であっさり二体とも屠られる様を見せつけられたリィンとフレデリカは、改めて魔導生物の頂点たる竜種と、自分たち人の隔絶を思い知らされている。
ソルの賞賛にふんぞり返っているルーナはとても可愛らしい。
リィンやフレデリカにしても、今更ルーナがソルと敵対することなどありえないと確信できている。
自分たちと共にいる限り、ルーナは頼りになりすぎるくらい頼りになる、人にとっての絶対の守護者でいてくれるだろう。
だがルーナは竜種なのだ。
ソルという絶対の主が寿命を迎えた後でも、ルーナは生き続ける。
そんな当たり前のことに少し身震いしたフレデリカは、今自分がやるべきことは地上の国々を取りまとめるだの、ソルの国を興すだのではなく、御伽噺で愚か者として語られる古代王国の王の様に、不老不死の秘術を探求するべきなのかもしれないとふと思う。
転移で懐き切っている主の目の前に急いで戻り、褒めてもらおうと頭に勢いよく抱き付いている可愛らしいルーナを笑顔で見つめながら。




