第115話 『迷宮攻略』⑤
ソルたちの迷宮攻略は順調に進んでいる。
とはいえここは、ソルたちの冒険者としての常識とは随分かけ離れた迷宮だ。
『黒虎』として何度も攻略――というのは名ばかりで第8までの各階層に再湧出した魔物を狩り、素材系の依頼を達成して戻るだけだったが――していた迷宮は狭い通路が迷路状になっており、その何処かに次の階層への階段があるという、いかにもなものだった。
ちなみに第9階層へ一度挑戦して命からがら逃げ帰った記憶は、リィンはもちろんのことソルにも苦い思い出となっている。
精神外傷になっていると言ってもさほど過言ではない。
今の戦力が当時の『黒虎』とは比べ物にならない上、いざとなれば全竜もいることを頭では理解してはいても、未踏階層へ降りるとなるとさすがに緊張してしまうことは避け得ないほどなのだ。
だがこの迷宮はその「階層」というものがはっきりしていない。
そもそも入り口があった魔物支配領域からして峻険な岩山に囲まれたすり鉢状の秘境であり、神獣アヴリールが確認した入り口から中に入ると巨大な洞窟の様になっていた。
今まで発見されていなかった自然系迷宮とでもいうべきか。
壁や通路などで迷路状にはなっておらず、広大な縦穴のような空間。
それでも明らかに人の手が入った階段や螺旋状の通路によって、果てのないような深部へと続いている。
壁面の裂け目からは膨大な量の水が常に流れ込み、滝のようにして深淵へと流れて落ちて行っている。
同じく壁面全域からゆっくりと脈動するように魔導光が明滅しており、そのおかげでか草木が生い茂り、壁面にも無数の蔦が這っている。
あたかもなんらかの目的でつくられた古代文明の巨大施設が、悠久の時を経て自然の浸食を許したかのような空間。
いやあたかもではなく、実際にそうなのだろう。
だがここが間違いなく『迷宮』である事は、定期的に接敵する魔物たちが証明してくれている。
『迷宮』を住処とする――そこで湧出する魔物たちは、いくつかのパターンはあってもある程度固定されている。
特に人が――冒険者が到達可能な浅い階層の魔物は属性やちょっとした派生の違いこそあれ、ほぼ固定されているといっていい。
低階層の『スライム』や『角兎』、中階層の『牙鼠』や『双頭狼』などがその代表例だ。
それらに加えてその迷宮特有の魔物が混ざってそれぞれの特徴となり、冒険者にとって実入りのいい日常的な依頼とは、それらいわば『迷宮固有種』から取得できる特殊魔物素材や、そこでしか取れない鉱物、植物の収集が定番となっている。
だからこそソルたちはここのような変種迷宮であっても、今自分たちが何階層相当を攻略しているかを、接敵する魔物からある程度は判断することが可能なのである。
また既知の迷宮の階層主のような中型魔物も一定進むごとに顕れているので、その度に一階層深くなっているとみてまず間違いないだろう。
「ソル君。ここの魔物って、強いよね?」
リィンがたった今接敵した三頭の双頭狼――通常の迷宮であれば攻略可能最深部に湧出する魔物――へ『威圧』を行使し、敵意を自分に向けさせながらソルへと問いかける。
戦闘中に会話できる余裕はまだまだあるにせよ、レベルが4桁に至っている今のリィンが鎧袖一触できない時点でそれは間違いない。
この迷宮で接敵する魔物は見慣れたものでありながらもすべてどこか金属的であり、今のリィンやフレデリカと同じように常に魔導光を噴き上げていて見た目からして強そうである。
リィンにしてみれば自分の経験からくる感覚の裏付けを、ソルの『プレイヤー』によって確認したいといったところだろう。
「やはりそうなのですか?」
リィンの威圧によって三頭ともが背を向けた双頭狼にかなり重めの武技を喰らわせながら、フレデリカも確認する。
地上では一撃必殺の体現者のようになっていた最近のフレデリカが、通常攻撃ではない武技を複数叩き込まねば倒せない時点で、そうだろうとは思ってはいたのだ。
「リィンの感覚は正しいよ。こんなのが既存迷宮の浅い階層をうろうろしていたら、すべての迷宮が禁忌領域と同じ扱いになるだろうね」
当然ソルの答えも、二人の予想通りのものである。
実際ソルの視界に表示されている双頭狼の体力ゲージはいままで倒してきた個体とは比較にもならないレベルだし、今のリィンやフレデリカの攻撃を複数喰らっても継戦可能な魔物など、もはや地上には存在しない。
この程度であればまだ「戦闘としてはこっちの方が面白い」などと嘯いてもいられるが、これが階層を進めるごとに指数関数的に強くなっていくというのであれば、なかなかに深刻な事態とも言える。
それとても全竜の前にはまだまだ敵たり得ないとはいえ、人としてはそれらの魔物にはお手上げだという事態にもなってしまいかねないからだ。
加えてレベルが4桁に至って以降、各種ステータス的な上昇は止まってはいないものの、武技や魔法の攻撃力がほぼ上昇しない――天井に至っていることをソルは実感している。
だからこそ『固有№武装』の開発を急いだわけだが、迷宮深層の攻略に必要なのは一定以上のレベルだけでは足りないらしいことが、これでほぼ明確になってきたとも言える。
おそらくここからは必要最低限の強化――おそらく4桁レベル――を前提として、装備の更新こそがより深い深度攻略の鍵となるのだ。
バッカス工房がフル稼働になるだろうが、ガウェインにしてみれば望むところでもあるだろう。
「同じ魔物に見えますのに……」
この中で最も魔物との戦闘になれていないフレデリカの感想はもっともなものである。
少々金属的であろうが、魔導光を噴き上げていようが、見た目が同じ魔物、しかもサイズとしては小型のままでありながらここまで強さに差がある事を俄かには納得できないというのはよくわかる。
「実際同じ魔物だ。ただ単に長期間外在魔力を吸収し続けた結果、個体としては成長限界まで至っているというだけに過ぎん。核魔石に蓄積された魔力量は桁違いだがな」
だがルーナが答えたとおり、同じ現象は人にも起こっているのだ。
人から見て魔物の個体差がよくわからないように、魔物から見た装備を除いた人もまた同じだろう。
でありながら市井で暮らす人々、普通の冒険者、『プレイヤー』の恩恵を受けた者、ソル一党、人型でいいというのであればルーナやアイナノアまで含めればその戦闘力の差は桁違いというにも生温い。
「なるほどね……」
それが魔物にも適用されていても不思議ではないことを、ソルはすぐに理解した。
『プレイヤー』から見たレベルとはまた違うのかもしれないが、魔物とは生存期間が長く、その期間に吸収した外在魔力量に応じて上限があるとはいえ強化されるというわけだ。
生き物としての法則に従わず、倒しても一定期間をおけば再湧出する謎の存在で在るからには、寿命も存在しないのだろう。
何者かに倒されてその強化の糧にならぬ限り、限界まで自身を強化した後も延々と外在魔力を蓄積し続ける「魔力の器」となるのだ。
地上では「雑魚」とみなされている小型魔物を倒しただけで、地上の領域主級の経験値――強化に必要な魔力吸収ができるのはそういうカラクリなのだろう。
「フレデリカ」
「はい」
「地上の魔物支配領域は良いとして、迷宮の扱いはちょっと考えた方がいいかもしれないね」
となれば「人跡未踏の迷宮」の扱いには慎重を期す必要が出てくるのだ。




