第113話 『迷宮攻略』③
「すべての鍵はやはり初代『勇者』――偽書『勇者救世譚』の主人公として全竜様を封印し、妖精王様を囚らえ、神獣様を殺し、魔王の……「虚ろ」はよくわかりませんが、とにかくすべてを遂行したにもかかわらず、おそらくは神に「呪われた」存在ですのね」
ソルの空いたグラスによく冷えた加糖果汁炭酸水を注ぎながら、フレデリカが確認する。
「クリードさん、ソル君が「呪われし勇者」って口にした瞬間に固まってましたもんね」
「取り繕いさえしなかったね」
リィンとソルが相槌を打ったように、クリードが驚愕し、その後笑った原因はフレデリカの言うとおり間違いなく『勇者』の健在だ。
かつて魔王に比肩すると言われ『竜殺し』の実績を持つほどの実力者でありながら、その力を自ら放棄してまで聖教会にまつろい、千年の時を生き抜いてきた魔族の実力者。
『魔神』の一柱と呼んでもさほど違和を感じさせないその存在が、腹芸のひとつも出来ずに、あるいはあえてせずにその感情を爆発させた。
その上で自身が出した条件をあっさりと覆し、解放の順番を変えるだけでいわば自らのすべてをソルに差し出すことを誓約したのだ。
千年前の初代『勇者』とはそれほどの存在であり、フレデリカが総括したとおり、全竜にも妖精王にも神獣にも魔王にもかかわるすべての中心であることは間違いない。
「呪われているとはいえ、勇者様の健在が意外だったというわけだよね?」
「我らにすれば、奴の反応こそが意外よな」
「然り」
リィンの言うとおりではあるが、ルーナとアヴリールにしてみれば当然違和感を得る。
ルーナを「邪竜」として討伐した上で封印し、アヴリールを聖教会――神の名のもとに「神の像たる人を獣に堕とす魔獣どもの首魁」として殺したのは間違いなく『勇者』なのだ。
『勇者救世譚』が聖教会によって騙られた偽書である事はすでに明確だが、それでも『勇者』が神の敵として呪われたという結末はどうしてもしっくりこない。
こればかりは偽書に記されているとおり、神と聖教会の祝福を受けて然るべき立場だと思うのは当然だろう。
それにルーナ曰く『勇者』は間違いなく人、それも女性だったという。
本来であれば千年の時が経過した現在に、健在であるわけがないのだ。
竜種や妖精族、魔族の特殊個体というのであればともかく。
聖教会、その裏に存在した『旧支配者』の逸失技術によって、人の身であっても千年の時を超えさせることを可能しているのか、それともそれこそ神の奇跡によるものか。
封印された、囚われた、殺された後に世界になにがあったかの記憶など、当然今のルーナにもアイナノアにもアヴリールにもない。
となればクリードが持つ、自分たちがこの大陸から世界を消した後の千年の記憶は値千金と言っても過言ではないのだ。
しかも――
「やはり一度きちんと思い出さねばならんな」
『ですな。某もクリード殿に指摘されるまで自覚できておりませなんだゆえ』
「♪~?」
怪物たちそれぞれはクリードとの会話で初めて自覚できたのだが、封印、あるいは殺される前の記憶であっても定かならぬ部分が存在する。
例えばルーナの場合。
兄竜と勇者の関係は覚えている。
なぜ竜種がルーナを軸に『全竜』となり、聖教会――神と雌雄を決しようとしたのかは言うまでもなく、神と聖教会が竜種を邪悪なものとして世界から根絶せんとしたからだ。
そのあたりは明確なのだ。
それはアヴリールにしてもそう変わるものではない。
神敵とされ、その剣である『勇者』と戦い敗れ去った。
それは良い。
竜種にとっても獣にとっても適者生存、弱肉強食は世の理。
敗れた以上は闘争の是非善悪などを語るつもりなど初めからありはしない。
力で負けたものがどう扱われようが、敗者の言などなんの価値はありもしないのだから。
偶さかソル――「プレイヤー」の力に救われた奇跡を活かして、ルーナであれば従僕として主たるソルと共にある事、アヴリールであれば己を神と崇めた獣人種の安寧を望みこそすれ、千年後の聖教会や人共に復讐したいというような負の感情を持ち合わせているわけではない。
聖教会と旧支配者については、ソルの敵に回ったから叩いて潰したというだけに過ぎない。
神に再び挑みたいという気持ちがないと言えば嘘になるが、それとてルーナにとってソルと共にある事、アヴリールにとって獣人種の保護と己の真躰の暴走を止めることよりも優先されるほどのものではないのだ。
だがなぜ竜種は、獣は、神の――人の敵とされたのか。
同じ竜種であるルーナの兄竜と心を通わせていたはずの『勇者』が、その兄竜を己の『神殻外装』としてまで、人ならざる怪物たちすべてを討滅しようとまでに思い定めたのか。
肝心なことのはずなのに、それを思い出すことがどうしてもできないのだ。
逸失技術、あるいは神の奇跡によって部分的な『記憶の封印』を受けている。
それを自覚できないことそのものが、千年前に一度敗れた者たちになんらかの枷、あるいは罠が仕掛けられていることは明確と言えるのだ。




